政策工房 Public Policy Review

霞が関と永田町でつくられる“政策”“法律”“予算”。 その裏側にどのような問題がひそみ、本当の論点とは何なのか―。 高橋洋一会長、原英史社長はじめとする株式会社政策工房スタッフが、 直面する政策課題のポイント、一般メディアが報じない政策の真相、 国会動向などについての解説レポートを配信中!

October 2015

【野党5党、臨時国会召集を要求】

 先週21日、民主党・維新の党・共産党・社民党・生活の党の代表者が衆参両院の議長と会い、「衆議院か参議院のいずれかの4分の1以上の議員が要求した場合、内閣は召集を決定しなければならない」と規定する憲法第53条にもとづき、野党・無所属議員(衆議院125人、参議院84人)が連名した安倍総理宛ての臨時国会召集要求書を提出のうえ、政府が臨時国会を召集するように申し入れた。

要求書では、「新閣僚に所信をただしていく必要がある」として内閣改造に伴う新閣僚からの所信聴取と質疑の実施や、日米など交渉参加12カ国で大筋合意した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の経緯説明とその質疑を臨時国会で行うべきとしている。また、安倍内閣との対決姿勢を鮮明にしたい野党側は、マイナンバー制度に絡む厚生労働省の汚職事件の真相解明と再発防止策、安全保障法制、米軍普天間飛行場移設、原発再稼働なども審議が必要と主張する。

 

 大島衆議院議長は、野党要求が憲法規定の要件を満たしているとして「立法府の使命もある。しっかり受け止めて政府にお伝えしたい」と応じた。その後、大島議長は、菅官房長官や与党国会対策委員長に対応の検討を要請した。

ただ、憲法第53条には召集期限が規定されておらず、開会するか否かは内閣の最終判断に委ねられている。政府側は「与党ともよく相談して決定したい」(安倍総理)としつつも、「安倍総理の外交日程を優先せざるを得ない事情や、年末の予算編成も考慮しなければならない」(21日菅官房長官会見)と、臨時国会の召集に慎重姿勢を示した。政府・与党は、今月下旬から来月末まで安倍総理の外交日程が立て込んでおり、来年度予算案の編成作業が本格化する12月中旬までの間に十分な審議時間も確保できないことから、野党が要求したTPPなどに関する閉会中審査を11月10日に衆議院予算委員会で、11日に参議院予算委員会で行うことにより、臨時国会の召集を見送りたい考えだ。

 

これに対し、民主党は「(憲法第53条に)日付が書いてないから2カ月間、開かなくていいとはならない。先延ばしは憲法違反」(岡田代表)、「逃げていると言わざるを得ない。1カ月以内に召集しないなら、憲法無視の違憲内閣だ」(枝野幹事長)、「議論すべき多くの課題にふたをして逃げることはあってはならない」(高木国対委員長)などと非難している。政府・与党を「逃げ腰」「憲法軽視」などと批判して世論に訴えることで、安倍内閣のイメージダウンにつなげたいようだ。

野党側は、農産物の重要5項目(米、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖)のうち加工品などを約3割(174品目)が関税撤廃となっていることから、重要5項目の保護と国民への十分な情報提供などを求めた2013年国会決議に違反していると非難している。特に、牛・豚肉などは関税が大幅に引き下げられ、輸入急増時に関税を引き上げる緊急輸入制限(セーフガード)の発動がないまま一定期間を過ぎれば関税が撤廃される。民主党は「経済連携調査会」を党内に設置して、TPP交渉の結果が国益や国会決議に反していないかなどの問題点検証を進めている。また、政治とカネ疑惑が浮上した森山農林水産大臣や馳文部科学大臣、公職選挙法違反(寄付行為)にあたる可能性が指摘されている島尻沖縄及び北方担当大臣ら新閣僚の資質問題も徹底追及する構えもみせている。こうした問題を閉会中審査で追及するとともに、世論をテコに臨時国会の召集を実現していきたい考えだ。

 

 政府・与党は、閉会中審査での議論や世論の動向などを見極めたうえで、臨時国会を召集するか否かの最終判断をする。ただ、臨時国会の召集を見送る方針で、その代わりに通常国会の召集を例年の1月後半から前倒しする方向で調整に入っている。

通常国会では、TPPの大筋合意を受けた国内対策や1億総活躍社会の実現に向けた緊急対策などを盛り込んだ今年度補正予算と、来年度予算を早期に成立・執行するとともに、TPPの国会承認や重要法案の成立などに万全を期したい考えだ。ただ、来年7月25日に任期満了を迎える参議院選挙が控えており、通常国会の会期を大幅延長することが難しい。このことから、臨時国会の召集を1月4日にする案が浮上している。選挙戦の準備にも余裕を持って対応できることや、野党の「逃げ腰」批判をかわす狙いもあるようだ。

 もっとも、民主党など野党側は、通常国会の前倒しよりも臨時国会を召集すべきと主張している。衆参両院の予算委員会での閉会中審査後も、与党側に審議要求を行う可能性が高い。与党は、野党側がさらなる要求を行えば、農林水産委員会・経済産業委員会などの連合審査で閉会中審査に応じることも含め柔軟に対応するようだ。

 

 

【1億総活躍国民会議、29日にも初会合】

23日、政府は、安倍総理が新たな看板政策として打ち出した1億総活躍社会を実現するための具体策を検討する「1億総活躍国民会議」の構成メンバーについて閣議決定した。国民会議の議長には安倍総理が、議長代理には加藤勝信・1億総活躍担当大臣がそれぞれ務め、閣僚11人と民間議員15人が参加する。

 

 このうち民間議員は、経済政策・財政分野から高橋進・日本総合研究所理事長や、土居丈朗・慶應義塾大学教授を、雇用・労働分野から樋口美雄・慶應義塾大学教授や、菊池桃子・戸板女子短大客員教授(仕事と子育ての両立、女性のキャリア形成)を起用した。経済界と連携して働き方改革などを進めるねらいから、榊原定征・日本経団連会長や三村明夫・日本商工会議所会頭を加えた。また、地方創生関連では、有識者団体「日本創成会議」の座長として人口減少問題の提言を行っている増田寛也・元総務大臣が入った。

 このほか、結婚・子育て・教育分野では、少子化ジャーナリストの白河桃子氏や、松本理寿輝・まちの保育園代表、宮本みち子・放送大副学長が、若者の就労支援では工藤啓・NPO法人育て上げネット理事長が参加する。高齢者・介護分野として飯島勝矢・東京大高齢社会総合研究機構准教授と対馬徳昭・社会福祉法人ノテ福祉会理事長、障害者支援分野として大日方邦子・日本パラリンピアンズ協会副会長と、松為信雄・文京学院大教授が加わる。

 

加藤大臣は、民間議員のメンバー構成について、1億総活躍関連分野に精通する各専門家や実務者らを幅ひろく起用するとともに、可能な限り年代や男女のバランスを取った点を強調したうえで、「それぞれ違う切り口で、新たな視点に立った議論が進むと期待している」と説明した。政府内での議論重複を避ける観点から、経済財政諮問会議など政府の有識者会議メンバーを務める7人が兼務での起用となった。

 経済再生や地方創生、雇用・労働、社会保障など1億総活躍社会の実現に係る政策課題が広範囲に渡っており、他の所管とも重複する部分も多い。そのうえ、他の有識者会議と兼務ではないメンバー8人のうち6人も省庁の審議会などに関わったことのある経験者で、国民会議での議論が従来の焼き直しにとどまるのではないかといった懸念の声も出ている。加藤大臣は「これまでやってきた政策、やろうとする政策を横串でみながら議論する」と、省庁横断さらにそれを超越して多角的に政策課題を検討し、実現に向けて着実に取り組んでいくことが重要だと強調した。

 

 国民会議は29日にも初会合を開く。安倍総理が掲げた(1)名目GDP(国内総生産)600兆円、(2)希望出生率1.8、(3)介護離職ゼロの「新3本の矢」を踏まえ、11月末にも決定する緊急対策(第一弾)の内容を検討する。緊急対策のうち、新3本の矢の1矢目「強い経済」関連については、日本経済再生本部や経済財政諮問会議など「既存会議の議論を反映させていく」(加藤大臣)ようだ。

介護を理由に仕事をやめる介護離職者(年間約10万人)を減らす、新3本の矢の3矢目「介護離職ゼロ」に向けては、地価の高い首都圏などで不足している特別養護老人ホームなど介護施設を増やして、介護職員の需要を喚起する。具体的には、事業者による整備負担の軽減を図るため、国・地方の補助金制度とともに、国家公務員宿舎の跡地約90カ所を選定して介護施設を運営する社会福祉法人へ優先的に貸し出す案(原則50年の定期借地権を設定して賃料でも優遇)が浮上している。

 

 自民党は、政府の国民会議と並行して、子育て支援策や介護休業制度の充実などの緊急対策をとりまとめ政府に提言するため、23日の党総務会で「1億総活躍推進本部」を安倍総裁直属の党内機関として設置することを決めた。本部長には、逢沢一郎・元国対委員長・衆議院国家基本政策委員長を充てた。加藤大臣は、自民党の稲田政調会長と会談し、党内議論の日程などの意見交換を行った。短期間で緊急対策を検討のうえ取りまとめることとなるだけに、加藤大臣らは目玉政策や実効性のある政策などの探しに躍起となっている。与党内からも政策案や要望を受け付けるようだ。

 

 

【与党、TPP国内対策の検討作業に着手】

 TPP交渉の大筋合意を受け、政府は、TPPに伴う国内法の改正事項の整理や、国内対策の検討作業を進めている。TPPに伴う国内法の改正事項は、関税変更や関税の優遇条件を定めた原産地に係わる関連法、知的財産(特許や商標、著作権)関係などにとどまる見通しだ。懸念されている輸入食品の安全基準は、関係各国が世界基準より厳しくできる世界貿易機関(WTO)の協定を踏まえたものとなっており、検疫などは「制度変更が必要な規定はない」ほか、食品表示も「(遺伝子組み換え食品の扱いを含め)現行制度の変更はない」と説明している。

 

 法改正・制度変更で不利益を被る外国企業が進出先・投資先の国を相手取って損害賠償請求できる「国家と企業間の紛争解決(ISDS)条項」については、多国籍企業の訴訟乱用により、批准各国の政策運営が阻害される事態を防ぐねらいから、提訴できる期間をその国の制度変更から3年半以内に制限されることとなった。また、医療制度など、各国政府が独自判断にもとづく規制を導入する権利を持つことや、敗訴した政府は金銭的な賠償義務を負っても制度変更を強制されないとの規定が盛り込まれている。

政府は、TPP発効後にISDS条項にもとづき外国企業から提訴があることを想定し、国際訴訟への対応の強化などを図っていく方針だ。すでに、法務省訟務局と外務省国際法局が合同勉強会を設置して過去の投資仲裁事例の研究などに着手している。外国企業が申し立てを行う場合、世界銀行傘下の投資紛争解決国際センターが主な申し立て先となるが、過去の仲裁結果をみると米国の政府・企業が勝訴するケースが増えている。このため、主に米国対策が焦点となるようだ。

 

国内対策をめぐっては、TPPによる農業分野への影響を最小限にするため、国内農業の体質・競争力の強化などによる「攻めの農業」と、セーフティーネットの拡充と農家の経営安定化を進める「守りの農業」の両輪から検討していく方針だ。具体的には、農業生産の中核となる担い手の育成、農地集約、農林水産物の高付加価値化、輸出の促進などに取り組む考えを森山大臣が示している。

また、自民党や公明党は、今週から国内対策の検討作業を本格化させる。自民党は、谷垣幹事長ら党三役や農水族の実力者らで構成する「TPP総合対策実行本部」(本部長:稲田政調会長)を設置した。実行本部の下に、具体的な農業対策などの検討を行う「農林水産戦略調査会」(調査会長:西川公也・実行本部長代理)を置き、農林部会(部会長:小泉進次郎・実行本部幹事)との合同会議を27日に開き、具体的な支援策をめぐる本格的議論をスタートした。11月7日と8日には、農業者の不安を解消・緩和するため、全国各地で説明会を開く。11月17日までに農林水産分野の対策をまとめる方針だ。公明党も「TPP総合対策本部」(総合本部長:井上幹事長、本部長:石田政調会長)を設置した。

自民党と公明党は、政府が11月25日をメドに策定する関連対策大綱や、国内対策を盛り込んだ補正予算案に反映させることをめざして、11月中旬にもそれぞれ提言を取りまとめる。具体的な検討課題として、農地中間管理機構(農地集積バンク)による農地集積や政府備蓄米の年間買い入れ量の拡大、畜産クラスター事業の拡充、肉用牛肥育経営安定特別対策事業の法制化などが浮上している。

 

 

【軽減税率の与党協議、27日から再開】

 今年12月までに2016年度与党税制改正大綱をとりまとめるため、与党は、11月下旬から税制改正論議を本格化させる。与党の税制改正議論では、法人実効税率(国・地方)のさらなる引き下げ、ビール系飲料の酒税見直し、2017年4月に消費税率10%への引き上げに伴って負担緩和策として導入する軽減税率の制度設計などが主要焦点となる見通しだ。

所得税改革や、資産課税の見直しも検討課題に浮上していたが、政府税制調査会の結論を出すのが来年夏までかかる見通しから、与党の本格議論は、来年末に延期されることとなった。所得税改革の一環として、女性の社会進出や共働き世帯の増加などを背景に、専業主婦らがいる世帯の税負担を軽くする「配偶者控除」を見直し、妻の収入にかかわらず一定額を夫の収入から差し引く「夫婦控除」を導入する方向で検討されていた。しかし、この見直しで専業主婦世帯など一部世帯が増税となるケースもあり、与党内から参院選への影響を懸念して今年の税制改正に盛り込むことに慎重論が出たため、2017年度以降に持ち越しとなった。

 

 法人実効税率の引き下げについては、2016年度に32.11%から31.33%に下がるが、経済再生や企業の国際競争力向上の観点から、財源を捻出して税率引き下げ幅のさらなる上乗せをめざすとしており、経済界などからも強い要望が出ている。一方、税収減の穴埋め財源として、給与総額など企業規模に応じて課税する「外形標準課税」(地方税)の拡大や、租税特別措置の廃止などについて検討する予定となっている。

ビール系飲料の酒税をめぐっては、麦芽比率や原料、製法などで税額が異なるため、税率格差が商品開発や販売数量に影響を与え、酒税の減収にもつながっているとして、税額幅を段階的に縮小して55円程度に一本化する方向で見直しが検討されている。ただ、参院選を前に増税イメージを避けたいとの思惑や、消費税の軽減税率の導入に関する論議に時間がかかることなどから、見送り論も浮上している。

 

 飲食料品・生活必需品などの消費税率を低く抑える「軽減税率」の導入をめぐっては、安倍総理は21日の政府・与党連絡会議で「2017年4月の10%への引き上げ時に導入が間にあうよう、中小事業者の負担にも配慮しつつ、具体案を取りまとめる必要がある」と、同時導入をめざすよう指示した。その後、宮沢洋一・自民党税制調査会長と斉藤鉄夫・公明党税制調査会長が会談し、11月中旬までに軽減税率の制度設計を進め、与党案をとりまとめるため、27日に軽減税率に関する与党税制協議会を再開することで合意した。会談では、(1)消費税率10%へ引き上げる2017年4月に軽減税率を導入することや、(2)消費税について標準税率と軽減税率の複数税率を設定すること、(3)事業者の負担に配慮、の3点を前提に議論に入ることを確認した。

 ただ、軽減税率の対象品目をめぐって、対象品目を可能な限り絞り込みたい自民党と、低所得者の負担緩和を重視する公明党に主張に隔たりがある。公明党の斉藤調査会長が「痛税感の緩和になるよう幅ひろくするべきだ」と主張し、酒を除く飲食料品(外食含む)や、酒・外食・菓子類を除く飲食料品などで1兆円前後の減収規模を求めている。公明党が主張する飲食料品には、生鮮食品、低所得者層の消費が多い傾向にある加工食品が含まれる。これに対し、自民党の宮沢調査会長は、対象品目をひろげれば社会保障に回す財源が少なくなるとして1兆円規模の税収減に難色を示した。

 

また、軽減税率導入に伴う穴埋め財源をめぐっても、隔たりがある。公明党の山口代表は「消費税だけではなく他の財源も視野に入れながら考える必要がある」と、不足する社会保障財源に消費税以外の税収を充てることも検討すべきと主張している。公明党は、1兆円規模の穴埋め財源として、たばこ税増税などの検討を提案している。「軽減税率は景気対策にもなる」(山口代表)ことから、消費の落ち込みを防ぐため、他の財源を使用することが正当化できるとしている。

これに対し、自民党は、社会保障制度の安定・充実と財政再建の両立をめざす社会保障・税の一体改革で増税分5%の税収をすべて社会保障分野に充てるとともに、一体改革の枠内で低所得者対策を行うことが基本と難色を示している。23日の党税制調査会非公式幹部会合で、一体改革の枠組みを堅持しながら軽減税率の対象品目や穴埋め財源の検討を進める方針を確認しており、医療・介護や保育などの自己負担の合算額に上限を設定し上限を超えた分を国が給付する「総合合算制度」の検討を見送って、軽減税率の財源に充てたい考えだ。これにより、年4000億円程度が捻出できる。自民党は、この軽減税率の導入に伴う税収減はこの範囲内にとどめたいとして、生鮮食品に絞り込むべきと主張している。

 

事業者の事務負担軽減策をめぐっては、自民党が経理処理方法を段階的に導入する方針を固めた。複数税率で事業者が品目ごとに税率・税額を明記する「インボイス方式」の導入は、詳細な制度設計や周知徹底、試行期間の設定と準備などに相当程度の時間を要することから、消費税10%への引き上げには間にあわないからだ。このため、まず公明党が提案している現行の帳簿や請求書に軽減税率の対象品目に印を付ける「簡易な経理方式」でスタートし、最終的にインボイス方式を導入したいとしている。

今後、与党税制協議会を舞台に、軽減税率の制度設計に向け検討・調整作業を本格化させる。自民党と公明党で主張の隔たりがある軽減税率の対象品目の線引きや、代替財源の確保などが主な焦点となる見通しだ。今年12月にとりまとめる2016年度与党税制改正大綱に軽減税率をはじめとする負担軽減策を盛り込む方針で、11月中旬をメドに大筋合意をめざしている。ただ、協議難航も予想されており、自民党・財務省と公明党の熾烈な駆け引きが今後も続きそうだ。

 

 

【閉会中審査の焦点見極めを】

11月10日と11日に、衆参両院の予算委員会で閉会中審査が行われる予定となっている。これまで、TPP交渉参加国間で協議中の内容を公表しない保秘義務がかかっていたことを理由に、政府が交渉過程・内容を明らかにしてこなかったが、大筋合意を受け、内容が徐々に明らかとなっている。もっとも、交渉参加12カ国の事務レベルで協定案の詳細な条件や文言の詰めなどの作業を行っている最中で、TPP参加各国の署名が済んでいない。また、国内対策とその予算措置も検討段階で提示されていない。

野党側は、検証作業などを進め、まずは閉会中審査でTPPの交渉過程と大筋合意内容を明らかにしたいとして政府側を問い質す方針だが、どこまで明らかとなり、十分な審議ができるかはいまのところ不透明だ。閉会中審査での議論や野党側の対応などによっては、短期間でも臨時国会の召集が余儀なくされる場合もありうる。閉会中審査でどのような議論が展開されるかを見極めるためにも、ひとまず主要課題それぞれの焦点と各党主張を抑えながら、政策動向をみていったほうがいいだろう。


【1億総活躍国民会議、今月にも設置】

先週15日、政府は、安倍総理が新たな看板政策として打ち出した「1億総活躍社会」の実現に向けた具体策づくりに着手するため、1億総活躍国民会議の事務局機能を担う実動部隊「1億総活躍推進室」を内閣官房に設置した。

司令塔として関係省庁間の総合調整などを行う加藤勝信・1億総活躍担当大臣を機動的に補佐するため、推進室長には杉田官房副長官(事務)、室長代理には古谷官房副長官補を充てた。専従の実務責任者となる室長代理補には、少子化・高齢化対策や雇用などを重視して、厚生労働省の木下前官房審議官を任命した。専従職員は、内閣府・厚生労働省・文部科学省・経済産業省から地方創生・規制改革・少子化対策などの担当を経験した職員約20名が集められた。

政府は、今月29日にも関係閣僚と有識者の20名程度で構成する国民会議を近く立ち上げ、初会合を開催する方向で調整している。経済や労働、障害者福祉などの専門家らが国民会議の有識者メンバーとなる見通しで、議論の重複を避けるため、榊原定征・日本経団連会長や三村明夫・日本商工会議所会頭など政府内の有識者会議メンバーも起用する方針だ。

 

今後、国民会議で、安倍総理が掲げた(1)名目GDP(国内総生産)600兆円、(2)希望出生率1.8、(3)介護離職ゼロの「新3本の矢」にもとづいて議論を重ねる。緊急対策(第一弾)を11月中にとりまとめ、今年度補正予算案や来年度予算案に盛り込む。緊急対策では、経済成長や少子化・高齢化対策、高齢者・障害者を含めた雇用対策などが主要課題となる見通しで、実効性のある政策を打ち出すことができるかがポイントとなる。その後、総合的対策と2020年までの具体的工程表からなる政策パッケージ「日本1億総活躍プラン」を来年前半までに策定する方針だ。

こうした政府の国民会議と並行し、自民党も推進本部を月内に設置し、子育て支援策や介護休業制度の充実などの緊急対策をとりまとめて政府に提言する。1億総活躍社会関連施策を来年夏の参議院選挙公約の柱とすることも念頭にあるようだ。推進本部は、縦割りの弊害を減らし、効率的に政策づくりを進めるため、党内の関係部会を束ねる総裁直属の機関となる見通しだ。近く党総務会で正式決定する。

 

加藤大臣らが司令塔となって、具体化に向けた工程表のとりまとめや省庁間の総合調整、他の重要政策を担う担当大臣はじめ関連部署との緊密連携が期待されている。ただ、経済再生や地方創生、雇用・労働、社会保障など1億総活躍社会の実現に係る政策課題が広範囲に渡り、他の所管とも重なる部分も多い。このことから、政府内でどう役割分担していくかも焦点となる。

 加藤大臣は19日、各省庁にまたがる関連施策を集約するため、関係10府省庁の局長級幹部職員が参加する連絡会議初会合を開催した。加藤大臣は縦割りを排して連携・協力を呼びかけたが、各省庁は看板政策に絡めれば予算要求がしやすくなるだけに、施策の売り込みに動きだしている。(1)強い経済関連では、雇用改善と賃金アップ、企業に対する働き方改革<経済産業省>、国土強靱化<国土交通省>、(2)子育て支援関連では、出産・育児休業の取得率向上や、1人親・多子世帯の支援<厚生労働省>、3世代による近居・同居の促進<国土交通省>、フリースクールの公的支援<文部科学省>、(3)社会保障関連では、介護施設の整備と介護人材の育成、介護休業の取得率向上、意欲ある高齢者への就労機会の提供<厚生労働省>などが浮上している。

特に、関連施策を多く抱える厚生労働省や文部科学省は、大臣を本部長とする推進本部を立ち上げた。厚生労働省は、1億総活躍社会実現本部の下に介護離職ゼロ実現チームなど分野別チームを置き、検討作業を加速させる。首都圏で不足する特別養護老人ホームなど介護施設を増やし、介護職員の需要を喚起するため、社会福祉目的で国有地を貸し出す際に賃料が最大で半額になる国有財産特別措置法の規定を一定期間適用、介護施設を運営する社会福祉法人に定期借地権(原則50年)で国や地方の補助金を組み合わせて民間相場の4分の1程度の賃料にて貸し出す案などが浮上しているようだ。

 

このほか、経済の好循環を実現し、新3本の矢の1矢目「強い経済」で掲げた名目GDP(国内総生産)600兆円を達成するため、安倍総理は、16日の経済財政諮問会議で「民需主導の好循環を確立する必要がある。来春の賃上げ、民間投資の拡大に向け議論を深めてほしい」と指示した。

今後、経済財政諮問会議などで議論を深めていく方針だ。また、同日、政府と経済界が協議する「官民対話」の初会合が開催され、安倍総理はじめ関係閣僚、経済3団体や金融業界などのトップが出席した。来春まで月1回程度の会合を開催していくという。安倍総理は、経済界の代表者らに「投資の伸びは十分ではない。いまこそ企業が設備、技術、人材に対し、積極果敢に投資すべき時だ」と呼びかけたうえで、「産業界には投資拡大の具体的な見通しを示していただきたい」と要請した。大企業などが過去最高水準の利益を上げているものの設備投資の伸びが不十分とみて、内需の柱である設備投資・研究開発・人材育成など生産性を高める投資拡大を企業側に促した。

経済界側も「企業が積極果敢にリスクを取って投資するよう呼び掛けを強化する」(日本経団連の榊原定征会長)と応じるなど、前向きな発言が相次いだ。そして、投資拡大に向けた環境整備として、投資の障害となっている規制の改革のほか、法人実効税率の引き下げや投資減税などの税制措置などを求めた。政府側の要請で企業が国内投資をどこまで拡大させるかは不透明だが、政府は、投資拡大が進まない原因を突き詰め、消費・設備投資の喚起策を着実に実行していくことで成果をあげていきたいとしている。

 

 

【政府、TPP説明会開催と対策づくりに着手】

 政府は、1億総活躍社会の実現に向けた緊急対策具体策や、日米など交渉参加12カ国による環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の大筋合意を受けた国内対策などを柱とする今年度補正予算案を、年内に編成する方針を固めた。景気下支えのための経済対策は、 内閣府が11月16日に発表する7~9月期の国内総生産(GDP)の速報値などを見極めて判断する。補正予算案は数兆円規模となる見通しで、財源は昨年度決算剰余金一部や、今年度予算の税収上振れ分を充てるようだ。

 

 政府は、TPP交渉の大筋合意を受けての国内対策の議論に着手した。全閣僚で構成する「TPP総合対策本部」(本部長:安倍総理)などの初会合が9日に開かれたほか、経済財政諮問会議(議長:安倍総理)でも議論となった。16日の諮問会議では、麻生副総理兼財務大臣や民間議員たちが、関税引き下げに伴って安価な外国産農産物の輸入増加に備えるため、予算のバラマキではなく、農業の構造改革に資する対策を求めた。民間議員たちは、TPPを成長戦略のコアと位置付け、企業の農業経営や農地集約による規模拡大、農業者の加工・販売への進出、輸出促進などを連名で提言するとともに、国内農業の構造・体質強化を図るための改革工程表を示すよう求めた。政府は、具体的な国内対策を盛り込んだ関連対策大綱を11月中にとりまとめ、12月に経済効果の試算も示す。今年度補正予算案や来年度当初予算に盛り込む方向で検討していくという。

農林水産省や経済産業省も、具体策の検討にそれぞれ着手している。農林水産省TPP対策本部(本部長:森山裕農林水産大臣)では、米国やカナダなどで法制化されている、品目ごとに少額の拠出を生産者などに義務づけて国産農産物の販売促進・海外市場の開拓・消費者向けの情報発信などの原資とする「チェックオフ制度」を念頭においた新制度の検討や、農地整備事業の拡充など、農林水産事業への支援策をとりまとめる。また、経済産業省TPP対策推進本部(本部長:林幹雄経済産業大臣)では、中堅・中小企業を中心に海外市場の獲得や技術開発支援、TPPを活用しやすい環境整備と情報提供などについて検討する。また、農林水産省と経済産業省が連携して、農業と商工業の連携による新事業創出や、農産品の加工・輸出などの支援強化も後押ししていくようだ。

 

また、TPP交渉への不安は情報不足も手伝っているとして、農林水産省は、国内対策のとりまとめに先立ち、15日から水田・畑作、園芸、畜産などの分野別説明会を、自治体・関係団体向けに地域ブロック単位で開催している。畑作のほとんど品目で関税の即時撤廃または段階的な撤廃となることや、関税引き下げで安い輸入豚肉の流入が増えるなど、生産者に一定の影響が出る可能性が、農林水産省の説明で明らかとなった。農林水産省は、経営所得安定対策の継続と備蓄米で米価下落の抑制で国産の再生産が可能と説明する。

これに対し、参加者からは、農産物の関税削減・撤廃に対する懸念や、自民党がレッドラインと位置付けた日豪経済連携協定(EPA)の水準を超えた関税引き下げへの反発、場当たり的な対処などの批判が噴出したほか、より詳細な情報開示や影響試算、国会決議との整合性、農業支援対策とその財源確保などで責任ある対応を求める声も相次いだ。

 農林水産省は、引き続き交渉結果や施策に関する説明を丁寧に行うことで、ひろく理解を得ていきたいとしている。経済産業省も、輸出拡大の後押しを図るべく、各都道府県や中小企業、日系企業向けに説明会やセミナーを開催するほか、利活用方法に関する電話相談窓口を設置する。

 

政府は、自治体や関係団体、事業者などの要望なども踏まえ、国内対策を策定していく方針だ。また、国内対策や農業の競争力強化へ向けた課題などについての議論が、自民党でも本格化する。党内の意見集約・調整のほか、農林水産事業の関係団体・事業者を説得するなどの役回りを担う政務調査会農林部会長には、小泉進次郎・前内閣府政務官(復興担当)を起用する予定だ。23日の党総務会で、国会の常任委員長人事などとあわせて決定する。

発信力があり知名度・国民的人気の高い小泉議員を部会長に起用することで、経験を積ませるとともに、来年夏に実施される参議院選挙対策として、事業者のTPPに対する批判を和らげるねらいもあるようだ。国内対策に絡めた歳出圧力が強まるなか、部会長は政府と農林族議員・関係団体との間に立って難しい調整・交渉を担うこととなるだけに、今後、その手腕が問われることとなりそうだ。

 

 

【軽減税率導入を前提に制度設計の議論スタート】

2017年4月に消費税率10%への引き上げに伴って負担緩和策として、飲食料品・生活必需品の消費税率を低く抑える「軽減税率」の導入をめぐっては、安倍総理が14日、自民党税制調査会長に就任した宮沢洋一・前経済産業大臣と会談し、具体的な制度設計は党税調や与党税制協議会での専門的議論に任せるとしつつも、「10%になる時点で、何らかの形の軽減税率を導入する方向で検討してほしい」「公明党とよく話をしてほしい」と指示した。また、軽減税率導入により中小企業の事務負担が増えることへの懸念・不安があることを念頭に、「商工業者などに無用の負担になるようなことは避け、混乱しないような現実的な解決策を考えて欲しい」と要請した。

これを受け、16日、宮沢税制会長は自民党税制調査会の非公式幹部会合を開き、消費税率引き上げと同時に軽減税率を導入することや、消費税率を一律で10%に引き上げたうえで消費者に軽減税率分2%相当を還付する財務省案「日本型軽減税率制度案」を議論の対象から外すことを確認した。

 

自民党と公明党は、安倍総理の意向に沿って具体的な制度設計を行うため、軽減税率に関する与党税制協議会での検討・調整作業を本格化させる。軽減税率の対象品目の線引きや代替財源の確保、中小企業はじめ事業者の事務負担軽減策などについて議論していく見通しだ。

焦点となっている軽減税率の対象品目をめぐっては、税収減規模を1兆円未満におさめるべきだとして絞り込みを図る方針でいる。現在、「酒・外食除く飲食料品全般」(軽減税率8%で年約1兆円減)や、「生鮮食品のみ」(軽減税率8%で年3400億円減)とする案が浮上している。ただ、公明党は「国民の痛税感を和らげ、消費を落とさないことが消費税率10%の引き上げ時に最も必要」「軽減税率は経済対策にもなるとして、景気の下支え策として軽減対象をなるべく幅ひろく確保することが望ましい」(山口代表)として、対象品目を「酒を除く飲食料品(外食含む)」とすべきだと主張している。また、「新聞・書籍は国民に必要な情報を提供するという、民主主義の基礎を支える制度的インフラとして考えるべきだ」と、新聞・書籍も対象品目に含めたほうがよいとの考えも示す。ただ、公明党案では年1.32兆円以上の税収減となるため、今後、対象品目をめぐる綱引きが激しくなっていきそうだ。

事業者の事務負担軽減策をめぐっては、複数税率で事業者が品目ごとに税率・税額を明記するインボイスの義務化は周知徹底と準備に相当程度の時間を要することから間にあわないと判断し、数年程度の猶予期間、公明党が提案している現行の帳簿や請求書に軽減税率の対象品目に印を付ける「簡易な経理方式」でつなぐことも含め検討するようだ。

 

ただ、自民党や財務省では、依然として軽減税率に否定的な声がくすぶっている。自民党は、支持基盤である中小事業者が軽減税率の導入に反発していることもあって、根強い慎重論がある。旧大蔵省出身で財務省案の作成に関与した野田毅前調査会長が事実上の更迭により名誉職的な党税調最高顧問に就任したとはいえ、ナンバー2にあたる額賀福志郎・小委員長が続投するなど、非公式幹部会のメンバー(8人)に、軽減税率導入に慎重だった人たちがほとんど留任する見通しだ。党税調内には、安倍総理の指示により方針転換が余儀なくされているだけに、官邸主導への反発や戸惑いもあるとみられている。

財務省も「財務省は、本当は(軽減税率の導入について)反対だ。面倒くさいとみんないっている。きちんとやるのはすごい手間になる」(麻生大臣)として、税収の減少で社会保障財源が減ることへの懸念、軽減税率の導入にあたっての手続きや準備に必要な時間的余裕がないことも危惧している。軽減税率の導入には消費税法改正が必要で、来年の通常国会に改正案を提出して年度末までに成立させたとしても、実施まで1年程度しか猶予がないからだ。もっとも、消極的な財務省の姿勢には「財務省案の方がよほど面倒くさいというのが国民の反応だ。財務省は大臣をはじめとしてもっと謙虚に受け止めてほしい」(公明党の山口代表)、「財務省も与党に協力するのは当然」(菅官房長官)など、政府・与党内から牽制する声も出ている。

 

軽減税率をはじめとする負担軽減策を今年12月にとりまとめる2016年度与党税制改正大綱に盛り込む方針で、作業時間は限られている。そのうえ、宮沢税制会長は、軽減税率の導入に積極的な公明党と、消極的姿勢をみせる自民党税調や財務省との間に立って、制度設計や政府・与党間の調整を進めていかなければならない。また、円滑な導入・実施には、慎重姿勢の経済界や事業者への説得も不可欠となる。協議難航も予想されるなか、どのように結論を出すのか、宮沢調査会長の力量が問われそうだ。

 

 

【臨時国会、召集見送りへ】

政府・与党は、臨時国会の年内召集を見送る方針を固めた。中央アジア歴訪やソウルで開かれる日中韓首脳会談、トルコで開催される20カ国・地域(G20)首脳会議、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議などへの出席と、今月下旬から来月末まで安倍総理の外交日程が立て込んでおり、来年度予算案の編成作業が本格化する12月中旬までの間も十分な審議時間が確保できないことを理由にしている。

労働基準法改正案など通常国会で積み残した法案処理や、12月上旬で任期切れとなる会計検査院検査官と公正取引委員会委員の国会同意人事が存在するものの、目玉案件が乏しく臨時国会を開会するメリットが少ない。また、TPP交渉の妥結が遅れたことにより最終合意・参加各国の協定署名が来年1月となる見通しで、国会承認案や関連法案の国会提出も通常国会以降となる。TPP参加各国の署名が済んでおらず、国内対策とその予算措置も提示できる段階にはないとして、十分に審議できる状況にはないと判断している。このほかにも、参議院選挙への影響を懸念して、新閣僚が国会答弁でつまずいたり、第3次安倍改造内閣発足直後から相次いで発覚した疑惑について追及されたりすることをなるべく回避したいとの思惑があるともみられている。

 

 与党は、臨時国会に代えて、民主党などの要求するTPPなどに関する閉会中審査を11月9~11日の3日間、衆参両院の予算委員会で行う予定だ。これに対し、安倍内閣との対決姿勢を鮮明にしたい野党側は、臨時国会の早期召集を求めている。内閣改造に伴う新閣僚からの所信聴取とそれに対する質疑も見送られることとなる点について、野党各党は「新しい内閣が何をしようとしているのか全く説明がなされていない。常識として国会を開き、国民に説明する責任がある」(民主党の岡田代表)、「これだけ閣僚が代わって所信表明をやらないことはありえない。国会軽視と言わざるをえない」(維新の党の今井幹事長)などと批判した。

また、TPPにより農林水産物の関税が撤廃・引き下げとなることに、生産者などの間で不安が広がっていることを背景に、野党側は、TPP交渉の情勢と大筋合意の内容について早期に質す必要があるとも主張している。政府側は「関税撤廃の例外に加えて、セーフガードの確保、関税削減期間の長期化などの有効な措置を獲得できた」(森山大臣)など関税撤廃による影響が少ないと説明しているが、畑作や園芸、水産品など多くの品目で関税が撤廃されるうえ、農産物の重要5項目(米、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖)も加工品など約3割(174品目)が関税撤廃となる。通常国会では予算審議が優先されるため、TPPをめぐる議論が来年4月以降になることが濃厚となっているが、交渉結果が国益に反していないかや、重要5項目の保護と国民への十分な情報提供などを求めた2013年の国会決議に違反していないかなどを追及していく方針だ。

 

 さらに、1億総活躍社会の実現方法や、マイナンバー制度に絡む厚生労働省の汚職事件の真相解明と再発防止策、通常国会で成立した安全保障関連法、米軍普天間飛行場移設問題、原発再稼働などについても審議を求めたい考えだ。

このほかにも、「追及するに値する問題を抱えている大臣がいれば、追及するのは当然」(民主党の枝野幹事長)と、談合に絡んで鹿児島県から指名停止措置を受けた建設業者10社から献金698万円(2011~13年の合計)を受けていたことが浮上した森山大臣、顔写真と名前入りのカレンダーを支援者に無料配布して公職選挙法違反(寄付行為)にあたる可能性が指摘されている島尻沖縄及び北方担当大臣、過去の不祥事が明るみになった高木復興担当大臣らに照準をあわせ、新閣僚の資質問題を徹底追及する構えもみせている。

 

 臨時国会を召集するか否かをめぐって与野党が対立するなか、19日、民主党・維新の党・共産党・社民党・生活の党の幹事長・書記局長と国対委員長、参院会派・無所属クラブの代表が会談し、新閣僚からの所信聴取とそれに対する質疑やTPPに関する審議を行うため、臨時国会の召集を政府に要求することで一致した。

 20日の与野党幹事長・書記局長会談で、野党は、臨時国会の速やかな召集を申し入れたが、与党は十分な審議時間が確保できないとして慎重姿勢を崩さなかった。野党側は、21日にも「衆議院か参議院のいずれかの4分の1以上の議員が要求した場合、内閣は召集を決定しなければならない」と規定する憲法53条にもとづき、政府へ国会召集を要求する意向を伝えた。

 

 

【臨時国会召集をめぐる攻防の見極めを】

 政府・与党内では、1億総活躍社会の実現に向けた具体策や、TPP大筋合意を受けての国内対策、軽減税率導入に向けた制度設計などの検討作業がスタートしている。一方、臨時国会を召集するか否かをめぐって、早期召集を強く求める野党と、召集を見送りたい政府・与党との心理戦が水面下で繰りひろげている。

野党側は、自民党が国会召集の要求に応じる考えがないとみて、21日にも憲法53条にもとづく召集要求書を議長に提出する方針だ。ただ、召集要求書が提出されたとしても、召集期限が憲法条文に規定されていない。召集するか否かは内閣の最終判断に委ねられている。官邸側は今後の世論の動向などを見極めて判断するとしているが、見送られる可能性が高い。野党側も召集が見送られることを見越しており、引き続き政府・与党の消極的姿勢や憲法軽視を批判して国民にアピールしていきたい考えだ。 

臨時国会の召集をめぐる与野党の攻防が大きなヤマ場を迎えているだけに、ひとまずその動向を見極めることが大切だろう。
 

【第3次安倍改造内閣、本格始動】

先週8日、第3次安倍改造内閣が本格始動した。翌9日には、内閣改造に伴う副大臣・政務官人事を閣議決定し、副大臣の認証式と政務官の辞令交付が行われた。政権基盤の安定性と重要政策の継続性などを重視して閣僚が19人のうち主要閣僚など9人が留任となったが、副大臣(25人)の留任は2人に留まり、大幅の入れ替えとなった。

加藤1億総活躍担当大臣を支える内閣府副大臣に高鳥修一・党厚生労働部会長を、日米など交渉参加12カ国が大筋合意した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の大筋合意に伴う国内対策を担う農林水産副大臣に、経済産業省出身で農協改革や交渉の党内調整にあたってきた斎藤健・前党農林部会長を充てるなど、実務型の布陣となった。「派閥から(の推薦)はまったく受け付けていない」(菅官房長官)としつつも、党内派閥の所属議員数にあわせて副大臣・政務官ポストを比例配分する派閥均衡型で、党内に一定程度の配慮をした面もあるようだ。

 

政府は、安倍総理が新たな看板政策として打ち出した「1億総活躍社会」の実現に向け、関係閣僚と有識者で構成する「1億総活躍国民会議」を設置して、緊急対策(第一弾)を年内にも打ち出すとともに、総合的な対策と2020年までの具体的工程表について定めた「日本1億総活躍プラン」を来年前半にまとめる方針だ。加藤大臣は、国民的議論を重ねてコンセンサスを形成していくため、経済や労働、障害者福祉などの専門家たちに、国民会議メンバーとして参加してもらう考えを示している。今月中にも国民会議を立ち上げ、初会合を開催する方向で調整しているという。

国民会議の事務局機能を担う「1億総活躍推進室」は、専従職員として内閣官房や内閣府、厚生労働省など各省から20名程度を集めて組織する方針だ。司令塔として関係省庁間の総合調整や、経済再生・地方創生など他の重要政策を担う担当部署とも緊密に連携していくことが求められるため、少数精鋭の官僚らで構成するコンパクトで機動性の高い体制とするとしている。省庁間調整を補佐する事務方トップには、杉田官房副長官(事務)を充てる予定だ。

 

 ただ、1億総活躍社会に向けた政策テーマは横断的で、他の所管とも重なる部分も多い。具体的な政策内容が明らかとなっておらず、野党各党は「そもそも1億総活躍とは何なのか」(維新の党の松野代表)や、「具体的な政策を準備しているかは疑問」(民主党の岡田代表)などと批判している。

閣僚や与党幹部も「最近になって突如として突然登場した概念なので、国民の方々には何のことかという戸惑いみたいなものがまったくないとは思っていない」(石破地方創生担当大臣)、「非常に抽象的なスローガンだから、ピンとこない人もいるだろう」(公明党の山口代表)など、1億総活躍社会の曖昧さは認めている。また、与党内には、官邸主導で進められたことや与党への根回しが十分ではなかったことへの不満もくすぶっている。

 加藤大臣が国民会議を中心にどのような体系的かつ具体的な施策プランを策定し、甘利経済再生担当大臣や石破大臣、塩崎厚生労働大臣ら関係閣僚と連携して、実行できるのか。今後、加藤大臣の手腕が問われそうだ。

 

 安倍総理は、13日の日本経済再生本部(本部長:安倍総理)で経済の好循環、さらに新3本の矢の1矢目「強い経済」で掲げた名目GDP(国内総生産)600兆円を実現していくため、生産性革命に取り組む決意を示した。個人消費の拡大を狙った賃上げに続いて、内需の柱である設備投資・研究開発・人材育成を企業に促すのがねらいで、生産性本部は、政府と経済界が協議する「官民対話」の設置を決めた。経済界は、投資拡大に向けた環境整備として規制改革や法人税引き下げ、消費・設備投資の喚起策の実行などを求めており、こうした要望も官民対話で聴取していくことになるという。

 

 

【TPPの国内対策づくりがスタート】

 TPP交渉の大筋合意を受け、政府は、9日、全閣僚で構成する「TPP総合対策本部」(本部長:安倍総理)の設置を閣議決定し、初会合を開いた。また、政府の「農林水産業・地域の活力創造本部」と、農林水産省「TPP対策本部」(本部長:森山農林水産大臣)も相次いで会合が開催された。

 TPP総合対策本部の初会合では、(1)大企業や中堅・中小企業がTPPを活用して海外市場への進出を後押し、(2)イノベーション促進と国内の生産性向上、(3)合意内容を丁寧に説明し、農林水産業の体質強化策や重要5品目対策などを講ずることで国民不安の払拭、を柱とする基本方針を決定した。TPP合意をテコに経済の構造改革やグローバル化を加速させたい安倍総理は、TPPを成長戦略の切り札と位置付けて「我が国の経済再生、地方創生に直結させていきたい」と述べた。

TPP締結により農林水産物や加工食品の幅ひろい品目で関税を削減・撤廃することとなるが、農林水産業などから反発や影響を懸念する声も出ている。安倍総理は「守る農業から攻めの農業に転換し、意欲ある生産者が安心して再生産に取り組める、若い人が夢を持てるものにしていく」と、万全な対策を講じていく意向を改めて示した。

 

基本方針を踏まえ、11月中にも具体的な国内対策を盛り込んだ関連対策大綱を政府内で取りまとめる方針で、当面の対策財源は2016年度当初予算や2015年度補正予算に計上する見通しだ。まず、農林水産省TPP対策本部で関税引き下げに伴う安価な外国産農産物の輸入増加に備えるための農家支援策などを検討し、それらを盛り込んだ大綱原案を策定する。また、経済産業省も対策本部を設置して、中小企業対策の強化や、農産品の加工・輸出などの支援策などを検討するようだ。その後、政府の「農林水産業・地域の活力創造本部」(本部長:安倍総理)でとりまとめてTPP総合対策本部に報告、TPP総合対策本部で大綱最終案に仕上げるという。 

 政府内では、TPPの合意内容を踏まえた影響効果の試算、過去の通商交渉における関連対策の成果と反省、明確なKPI(重要業績評価指標)の設定とPDCAサイクルが必要といった声が出ており、こうした点も踏まえて大綱づくりを進めていくようだ。また、交渉結果や施策の丁寧な説明を通じて「国民の正確な理解に資する努力をしていきたい」(森山大臣)として、農林水産省は、15日から自治体・関係団体向けの分野別説明会を全国各地で順次開催していくという。

 

自民党は、8日、外交・経済連携本部・TPP対策委員会などの合同会議を開催し、TPPの合意内容に関する協議を行った。合同会議では、大筋合意を歓迎・支持する意見が出た一方、政府側の説明不足に対する不満や、影響を受けるとみられる農業や畜産業への不安も続出した。政府が交渉参加国間で協議中の内容を公表しない保秘義務がかかっていたことを理由に交渉過程・内容を明らかにしてこなかったことが影響して、大筋合意後に、園芸品目や鶏卵・鶏肉などの関税撤廃が含まれていることが判明したからだ。具体的には、イチゴやブドウの関税が協定発効時に直ちに撤廃、オレンジ・リンゴ・サクランボ・トマト加工品・鶏卵・鶏肉の関税も段階的に撤廃(6~13年)する。グレープフルーツや茶は6年目に、パイナップル生果は11年目に関税を撤廃する。

 自民党は、農林水産省に対し、TPPが影響を与える額を早期に試算することや、TPPに関する想定問答集を作成するなど説明強化などを指示した。今後、自民党と公明党は、それぞれTPP対策本部を立ち上げ、新たな補助金制度や輸出力強化策など独自の対策づくりをして政府に求めるという。今後、国内対策の取りまとめ段階や対策財源などをめぐって政府・与党間の駆け引きが激しくなっていきそうだ。

 

 

【軽減税率をめぐる与党協議、再開へ】

2017年4月に消費税率10%への引き上げに伴って負担緩和策として導入する、飲食料品・生活必需品などの消費税率を低く抑える「軽減税率」をめぐっては、自民党と公明党の主張の隔たりや、内閣改造・自民党役員人事で一時中断していた軽減税率に関する与党税制協議会を今週中にも再開することとなった。

協議会では、軽減税率の制度設計をめぐって調整が難航してきた。このため、財務省は、9月、消費税率を一律で10%に引き上げたうえで、マイナンバーカードを活用して申告手続きを行えば、酒類を除く飲食料品を購入した消費者に軽減税率分2%相当を一定時期にまとめて還付する「日本型軽減税率制度案」を協議会に提示した。財務省は、事実上の所得制限として、還付の年間上限額を一人あたり4000円程度に設定し、乳幼児も含め世帯単位で還付枠を合算できるようにすることも検討するとしていた。

 

こうした財務省案に、軽減税率の導入を強く主張してきた公明党から、軽減税率とは似て非なるもので事実上見送りだと反発、「マイナンバーカードを携帯する必要があるなど、消費者に煩雑な手続きを押しつける制度で非現実的なシステム」「還付案が機能するか疑問」「消費者の負担軽減、痛税感の緩和につながらない」と疑問視する声も相次いだ。また、全国の店舗に設置する記録端末を事業者の規模に応じて費用の一部補助や無償配布、「軽減ポイント蓄積センター(仮称)」の整備などに3000億円程度かかるうえ、増税される2017年4月までに情報端末の配備やマイナンバーカードの普及が間にあわないことなどへの懸念も出た。

公明党の税制調査会幹部は、当初、財務省案をたたき台に詳細な制度設計に入ることで自民党と確認していた。しかし、党内から反発や異論が噴出したことで、公明党執行部は、9月24日の常任役員会で財務省案を容認せず、「酒類(さらに外食)を除く飲食料品」を対象に店頭で税率処理が行われる軽減税率の導入をめざす方針を正式に決定した。軽減税率8%の場合では1兆円程度の穴埋め財源が必要となるため、軽減税率9%とすることなどを検討している。また、事業者の事務負担を軽減するため、品目ごとに税率・税額を明記するインボイス方式の代わりに、商取引の際に発行する現行の帳簿や請求書に軽減税率の対象品目に印を付ける簡易な経理方式の採用を提案している。

 

自民党内では、財務省案について、中小企業を含む事業者の事務負担が少ないことや穴埋め財源の確保が容易であることから大筋で評価する声がある一方、負担緩和の恩恵が消費者に限られ、食糧生産に携わっている各段階の事業者は10%の消費税を払わなければいけないなどの慎重論も出ていた。また、マイナンバーカードの取得は任意で軽減税率分の還付が行き渡らない可能性があるうえ、個人情報流出への懸念も根強いとして、マイナンバーカード活用に反対する声もあった。このことから、軽減税率導入に慎重な党税制調査会幹部は、還付ポイントを記録する機能に限定した専用カードを発行することも含め、財務省案に修正を加えていく方向で検討に着手することを決めた。

旧大蔵省出身で財務省案の作成に関与した野田毅・自民党税制調査会長は、公明党が強く主張する軽減税率に一貫して慎重姿勢を示し続け、公明党幹部から不評を買った。また、昨年12月決定の2015年度与党税制改正大綱などで明記されている「関係事業者を含む国民の理解を得たうえで、税率10%時に導入する。17年度からの導入をめざす」の解釈をめぐっても公明党と対立した。消費税率を引き上げる2017年4月1日から軽減税率を導入すべきと主張する公明党に対し、野田調査会長は、2017年度中のいずれかの時期であって消費税率引き上げと同時に導入するのは同意できないと反論したからだ。

 

これにより、協議会は膠着状態に陥り、一時中断となった。こうした事態を打開するべく、安倍総理・自民党総裁は、9月25日に行われた山口・公明党代表との会談で、公明党が求める軽減税率の導入に理解を示したほか、野田税制調査会長の退任を決めた。後任には、税制に精通している宮沢洋一・前経済産業大臣(旧大蔵省出身)を起用する方針を固めている。野田前調査会長を名誉職的な党税調最高顧問に就けることで、宮沢新調査会長に可能な限り権限を集中させるようだ。税制調査会長の交代は、安倍総理が公明党との連立合意を重視したほか、財務省案の採用に官邸側が消極的だったことも影響したとみられている。

今週中にも、宮沢新調査会長の就任が正式に決定され、税制調査会の主要メンバー人事を決める。菅官房長官が「軽減税率が何種類もあるとは思わない。少なくとも財務省の案ではない」(13日の記者会見)と述べるなど、政府・与党は財務省案を白紙撤回する方針を固めている。このことから、来週にも再開する協議会では、消費税率引き上げと同時に軽減税率を導入することを軸に議論していくこととなる。

 

自民党と公明党は、今年12月にとりまとめる2016年度与党税制改正大綱に負担軽減策を盛り込む方針で、安倍総理の意向に沿って具体的な制度設計の検討・調整を急ぐ。今後、本格化する与党協議で、論点となる対象品目の線引きや、低所得者対策としての有効性、消費者や事業者の利便性、税収減の穴埋め財源の確保などをめぐって、宮沢新調査会長がどのように公明党と調整していくのか、その手腕が問われることとなりそうだ。

 

 

【重要課題それぞれの主要論点の見極めを】

政府は、1億総活躍社会の実現に向けた具体策や、TPP大筋合意を受けての国内対策などの策定作業に着手した。また、来週にも軽減税率導入をめぐる与党協議がスタートするほか、米軍普天間飛行場を名護市辺野古沖に移設する問題が重要局面を迎えている。当面の政策動向を見極めるためにも、それぞれの主な論点が何なのかを把握しながらウォッチしていくことが重要だ。

また、政府・与党は、民主党などが要求したTPPなどを審議する閉会中審査(11月前半に予算委員会で開催予定)を開くことに応じることで、臨時国会の召集を見送る方向へと傾きつつあるようだ。TPP交渉で大筋合意した内容や、1億総活躍社会の実現方法、閣僚の資質問題などを質して、安倍内閣への対決姿勢を鮮明にしたい野党側は、閉会中審査の前倒し実施や、臨時国会の早期召集を強く求めている。民主党の枝野幹事長は、臨時国会召集に後ろ向きの与党を批判し、「衆議院か参議院のいずれかの4分の1以上の議員が要求すれば、内閣は召集を決定しなければならない」と規定する憲法53条を使うことも視野に入れていることも示唆した。臨時国会の召集をめぐって水面下で繰りひろげられている与野党攻防も引き続き注意してみておきたい。

【第3次安倍改造内閣が発足】

今週7日、安倍総理は内閣改造を行い、皇居での認証式を経て第3次安倍改造内閣を発足させた。内閣改造に先立って行われた自民党役員人事では、高村副総裁と、党四役(谷垣幹事長、二階総務会長、稲田政調会長、茂木選対委員長)の続投が自民党臨時総務会で了承された。今後、1億総活躍社会の具体化、調整が難航している消費税率10%引き上げ時の軽減税率導入をめぐる与党協議、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の大筋合意を受けての国内対策の策定などを着実に進めていく必要があり、自民党内の政策立案・調整機能や、官邸・自民党間の順調な連携体制を維持することにした。また、来年夏に行われる参議院議員選挙を見据えて挙党態勢をつくるため、安定的な党内運営を継続することも重視したようだ。

また、細田幹事長代行や佐藤国対委員長の留任、組織運動本部長に山口泰明・衆議院議員、広報本部長に木村太郎・前総理補佐官を起用することも了承された。このほか、下村博文・前文部科学大臣が党総裁特別補佐に就任、河村建夫・前衆議院予算委員長が衆議院議院運営委員長に内定した。

 

その後、政府は、臨時閣議を開いて閣僚の辞表を取りまとめた。安倍総理は、「政権発足以来、今日まで経済再生、震災からの復興、危機管理の徹底、地方創生ということを皆さんの協力をいただいて、ここまで成果を上げることができた」「アベノミクス第2ステージに向け、内閣改造によって、これから心新たに改革を行いたい」と述べたという。

安倍総理は、山口・公明党代表と与党党首会談を行った後、組閣本部を設置し、第3次安倍改造内閣の発足に着手した。内閣改造では、「大きな骨格は維持」と明言していたとおり、閣僚19人のうち、主要閣僚(麻生副総理兼財務大臣兼金融・デフレ脱却担当大臣、菅官房長官兼沖縄基地負担軽減担当大臣、甘利経済再生担当兼社会保障・税一体改革担当兼経済財政政策担当大臣、岸田外務大臣)など9人を留任させた。

安全保障関連2法の成立をうけて着実な運用と国民向けの説明を果たすために中谷防衛大臣を、国民一人ひとりに12桁の個人番号を割りあてて税・社会保障関連情報を一つの番号で管理する共通番号(マイナンバー)制度が来年1月から運用スタートに備えるために高市総務大臣を、雇用労働改革や社会保障制度改革などを今後も推進していくために塩崎厚生労働大臣を続投するのが適切と判断したようだ。また、引き続き地方創生や国家戦略特別区域を推進する石破地方創生担当大臣や、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて懸案事項に取り組む遠藤東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣も再任となった。

 

一方、交代した閣僚は10人(初入閣が9人、再入閣1人)となった。安倍総理が新たな看板政策として打ち出した「1億総活躍社会」の実現に取り組む担当大臣には、大蔵省出身で経済・財政政策や厚生労働行政に精通し、安倍総理の側近として官邸主導に貢献してきた加藤勝信・前官房副長官を充てた。加藤大臣は、内閣府特命担当大臣として、女性活躍や少子化対策、男女共同参画、再チャレンジ、国土強靱化、拉致問題も担当する。

経済産業大臣(兼産業競争力、原子力経済被害、原子力損害賠償・廃炉等支援機構担当)には、林幹雄・衆議院議院運営委員長が再入閣となった。また、東日本大震災や福島原発事故にあたる復興担当大臣兼福島原発事故再生総括担当大臣に高木毅・国対筆頭副委員長、環境大臣兼原子力防災担当大臣に丸川珠代・参議院厚生労働委員長を充てた。

農林水産大臣には、自民党でTPP対策委員長を務めてきた森山裕・元財務副大臣が就いた。TPP交渉を担当した甘利大臣から報告を受けた安倍総理は、7日、(1)中小企業を含めた新たな国際調達・供給網の構築、TPPを活用した生産性の向上、(3)国民不安を解消する丁寧な説明と農林水産業の強化を柱とする国内対策を国会承認を求めるまでにとりまとめるよう、甘利大臣に指示した。大筋合意したTPP交渉で政府が聖域と位置付けた農産品重要5分野の関税撤廃こそ免れたものの、国内の農林水産業への影響や反発などが予想されるからだ。森山大臣は、甘利大臣とともに国内対策などにあたることとなる。

 

 公明党出身の太田昭宏・国土交通大臣の後任には、水循環政策担当を兼務のうえ、旧建設省出身の石井啓一・公明党政調会長が就任した。公明党の山口代表は、当初、留任させる方針だったが、党内外から在任期間が3年弱と長くなったことや、党内の世代交代を図るべきと太田大臣の交代を求める声を受け、方針を転換した。新国立競技場の旧整備計画で総工費が2520億円に膨張し、安倍総理が白紙撤回という一連の混乱を招いた責任をとって辞任を申し出た下村文部科学大臣兼教育再生担当大臣の後任に、文教畑を歩んできた馳浩・元文部科学副大臣が起用された。

 このほか、岩城光英・参議院議員副会長が法務大臣に、党無駄撲滅プロジェクトチームや行政改革の提言などを主導してきた河野太郎・党行政改革推進本部長が行政改革・国家公務員制度・規制改革担当大臣(兼国家公安委員長、防災担当、消費者及び食品安全担当)にそれぞれ就いた。米軍普天間飛行場を名護市辺野古へ移設する問題で政府と対立している翁長沖縄県知事との関係改善に期待して、沖縄振興策などの責任者である沖縄及び北方担当大臣(兼海洋政策・領土問題、科学技術政策、宇宙政策、情報通信技術政策、クールジャパン戦略)に、沖縄選挙区選出の島尻安伊子・参議院環境委員長を起用した。

 

安倍総理は、内閣改造にあわせて、萩生田光一・党総裁特別補佐を官房副長官(政務担当)に起用した。官僚人事を一元管理する内閣人事局長も兼務する。世耕官房副長官(政務担当)と杉田官房副長官(事務担当)、横畠裕介内閣法制局長官は続投となった。総理補佐官には、衛藤晟一氏、和泉洋人氏、長谷川栄一氏が留任、河井克行・元法務副大臣(ふるさとづくり推進、文化外交担当)と、柴山昌彦・元総務副大臣(国家安全保障に関する重要政策、選挙制度担当)が起用された。

 

 

【安倍総理、1億総活躍社会の実現を改めて強調】

 第3次安倍改造内閣の発足後に行われた初閣議では、少子高齢化に歯止めをかけて50年後も人口1億人を維持し、誰もが家庭・職場・地域などで活力を発揮できる「1億総活躍社会」の実現をめざして、(1)名目GDP(国内総生産)600兆円、(2)希望出生率1.8、(3)介護離職ゼロをめざすことや、東日本大震災からの復興加速、積極的平和主義にもとづく国際貢献の拡大などを盛り込んだ基本方針を決定した。

 

安倍総理は、第3次安倍改造内閣の発足にあわせて行われた記者会見で、今回の内閣改造について「未来へ挑戦する内閣」と位置付け、「1億総活躍という輝かしい未来を切り開くため、安倍内閣は新しい挑戦を始める」「強い自信をもって、国民の皆さんと少子高齢化という構造的な課題にチャレンジする」「少子高齢化をはじめ、長年の懸案だった諸課題に真正面から向き合って克服する。誇りある日本をつくりあげ、そして次の世代にしっかりと引き渡していく」など、アベノミクス第2ステージ「1億総活躍社会」をめざして、経済再生、少子化対策や社会保障制度改革などを総合的に取り組んでいくと述べた。

そのうえで、「年内のできるだけ早い時期に、緊急に実施する対策を策定し、直ちに実行に移す」と、年内にも具体策第1弾を打ち出す考えを表明した。安倍総理は、有識者らで構成する国民会議を加藤大臣のもとに設置して、2020年までのロードマップ(工程表)を定めた「日本1億総活躍プラン」を策定する方針だ。

 

ただ、1億総活躍社会に向けた政策テーマは横断的で、経済再生・地方創生・社会保障など他の大臣職の所管とも重なる部分も多く、どのように差別化を図っていくかがはっきりしていない。また、担当大臣の権限なども曖昧で、事務局体制づくりもこれからだ。

こうした点に、安倍総理は「1億総活躍社会づくりは、最初から設計図があるような簡単な課題ではない。司令塔たる閣僚には、省庁の縦割りを排した広い視野と大胆な政策を構想する発想力、それを確実に実行する強い突破力が必要だ」と、1億総活躍担当大臣を新設した意義を強調した。その大臣職に加藤氏を起用したことには、官房副長官として霞が関の関係省庁を束ねてリーダーシップを発揮してきたことや、女性活躍や社会保障改革に携わってきたことなどを挙げて「官邸主導の政権運営を支えてきた。司令塔、切り込み隊長として省庁の縦割りを排してほしい」と語った。

 

また、安倍総理は、「引き続きアベノミクスを支える骨格として雇用を増やし、しっかりと所得を増やす成長戦略を実行して、国民の皆さんが真に実感できる経済の好循環を回し続けていく」と、これからも経済最優先で進め、新3本の矢の1矢目「強い経済」に全力を挙げる方針を改めて強調した。地方創生についても「これからが本番だ。北は北海道から南は沖縄まで、目にみえる地方創生を進める」と語った。

 TPPの大筋合意を受けた国内対策については、農産品の関税撤廃・縮小が与える国内の農林水産業への影響を見極めたうえで、「必要な予算は、さまざまな観点から今後、検討を進めていく」と、農林水産業の競争力強化など万全な措置を講じる考えを表明した。政府は、9日にも全閣僚が参加する「TPP総合対策本部」(本部長:安倍総理)の初会合を開いて、国内対策の基本方針を取りまとめるという。政府・与党内からは、景気が足踏み状態でデフレ脱却も道半ばということもあって、TPP関連対策や地方創生も絡めた経済対策、それを裏付ける数兆円規模の補正予算を組むべきではないかとの声も出ている。今後、平成27年度補正予算案の編成も含めて検討していくようだ。

 

 

【臨時国会召集をめぐって与野党が攻防】

安倍総理が1億総活躍社会の実現を掲げて第3次安倍改造内閣が発足したことに対し、野党からは疑問の声が相次いだ。

民主党の岡田代表は、民主党綱領の「すべての人に居場所と出番のある社会をつくる」を挙げて「パクリみたいな感じだ。活躍の中身が問題で、新3本の矢は、すべてが経済からの観点だ。経済の断面だけで切っており、非常に違和感がある」「キャッチフレーズが好きだが、具体的な政策を準備しているかは疑問だ」と批判した。

また、「何が変わって、何をしようとしているのか分からない。論評にすら値しない」(民主党の枝野幹事長)、「そもそも1億総活躍とは何なのか」(維新の党の松野代表)、「全く新味がない。憲法や平和主義を壊す安倍政権に求められているのは、改造ではなく退陣」(共産党の山下書記局長)、「戦前の1億総動員を想起させる」(社民党の吉田党首)などと酷評した。

 

参院選を念頭に安倍内閣と対決姿勢を鮮明にしていきたい野党各党は、まずは新3本の矢からなる「1億総活躍社会」や、TPP交渉で大筋合意した内容などを安倍総理や関係閣僚に問い質したいとして、臨時国会を早期に召集すべきだと主張している。

当初、政府・与党内では、11月上旬に召集して安倍総理の所信表明演説と各党代表質問、衆参両院の予算委員会での集中審議を開催し、来年度予算案の編成前に閉幕する案が有力だった。しかし、日中韓首脳会談や20カ国・地域(G20)首脳会議への出席など安倍総理の外交日程がつまっていることや、TPP交渉の妥結が遅れたことで参加各国の最終合意・協定署名が年末年始の前後になる見通しで、国会承認案や関連法案の国会提出もそれ以降になる可能性が高まった。このことから、政府与党内では、臨時国会の会期を来年1月までで設定し閉会後に日を置かずに通常国会を召集する案や、臨時国会開催を見送る案も浮上している。

 

こうした臨時国会見送り論に、野党側は「議論から逃げるのは論外」(民主党の細野政調会長)、「とんでもない話」(維新の党の松野代表)などと厳しく批判した。

維新の党や日本を元気にする会などはTPP推進の立場で、基本的に評価・賛成との考えを示しているが、共産党や社民党などは大筋合意に強く抗議して、交渉撤退を政府に要求している。慎重姿勢の民主党からは、TPPによる貿易拡大の必要性を認めつつも、「今回の合意は国益に反する」(枝野幹事長)、「本当に国益に合致しているのか」(細野政調会長)と、反対論や懸念する声が出ている。賛否で分かれる野党各党だが、早期の国会審議を求める点では一致しており、与党に足並みをそろえる。

7日、民主党・維新の党・共産党・社民党・生活の党は、野党5党国対委員長会談を行い、与党に臨時国会の早期開催を求めるとともに、臨時国会に先立って、TPP交渉のプロセスなどの情報開示と衆参両院予算委員会での閉会中審査開催を求めることで一致した。

 

 その後に行われた与野党7党の国対委員長会談で、民主党が野党を代表して、TPPなどを審議する予算委員会での閉会中審査の開催と、臨時国会の早期召集を要求した。自民党も閉会中審査の開催には応じた。これにより、11月前半にも予算委員会で開催することとなった。11月9~11日に行う方向で調整している。

ただ、臨時国会の召集については、自民党が「要求を政府に伝える」と対応を明確にしなかった。自民党執行部は、臨時国会召集が必要か否かについて政府と調整のうえ慎重に判断としているが、政府・与党内では、野党が求める閉会中審査に応じて臨時国会を見送るべきとの意見が主流となりつつあるようだ。

 

 

【安倍総理や重要閣僚の発言に注目を】

 第3次安倍改造内閣が発足し、翌8日から本格的に始動となった。今後は、1億総活躍社会の実現に向けた具体策策定や、TPP大筋合意を受けての国内対策の策定、来年度予算案の編成などを着実に進めていく方針だ。また、軽減税率の導入を含む与党間での税制改正議論も近く再スタートとなる見通しだ。

安倍内閣にとって参議院選挙が大きな正念場となるだけに、どのような政策を打ち出して成果をあげていくのだろうか。第3次安倍改造内閣の行方を占う意味でも、当面、安倍総理ら重要閣僚の発言などに注目しておきたい。また、臨時国会の召集をめぐって、水面下の駆け引きも含め与野党攻防が始まっている。重要課題が山積するなか、臨時国会が召集されることになるか否かもあわせてみておいたほうがいいだろう。
 

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