【TPP対策大綱と1億総活躍社会の緊急対策を決定】
先週11月25日、政府は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)総合対策本部を開き、農林水産業の成長産業化や中堅・中小企業の海外展開支援などを柱に据えたTPP対策大綱を決定した。対策大綱では、攻めの農林水産業への転換施策として、生産者の体質強化を推進していくほか、中小企業の6割以上が海外で新規取引先の獲得や事業拡大を実現するとの目標を明記して、対象企業の海外展開などを支援する。また、農林水産物・食品の輸出額を6000億円超(2014年)から1兆円にする目標の達成時期は前倒しにした。
安倍総理は「(TPPは)日本の経済再生、地方創生に直結させるために必要な政策」と強調したうえで、TPP対策大綱の着実な執行と施策の具体化により「攻めの農林水産業に転換する」などと決意を示した。今後、政府は、対策大綱にもとづき、農業者などの意見も聴取しながら政策・施策を継続的に検討し、来年秋をメドにとりまとめる方針だ。また、牛・豚肉の経営安定対策事業の法制化などは、来年1月4日にも召集される予定の通常国会に関連法案を提出する方向で進めていくという。
26日には、新たな看板政策として打ち出している1億総活躍社会を実現するための具体策を関係閣僚・民間議員らで検討する「1億総活躍国民会議」を開催し、緊急対策(第一弾)を決定した。緊急対策では、(1)「名目GDP(国内総生産)600兆円」を達成するための強い経済、(2)2020年代半ばまでに「希望出生率1.8」を実現するための子育て支援の充実、(3)介護を理由に仕事をやめる介護離職者(年間約10万人)を減らす「介護離職ゼロ」など社会保障制度改革・充実、の「新3本の矢」それぞれの施策を列記した。
議長の安倍総理は、「1億総活躍社会とは、成長と分配の好循環を生み出していく新たな経済社会システムの提案」「子育てや社会保障の基盤を強くし、それがさらに経済を強くするという成長と分配の好循環を構築していきたい」と対策の意義を強調したうえで、「緊急対策を内閣の総力を挙げて直ちに実行に移していく」と述べた。
強い経済関連では、法人実効税率(国・地方)を早期に20%台まで引き下げる道筋をつけるとしたほか、最低賃金を年率3%程度引き上げて2020年代前半に全国加重平均で時給1000円をめざすことを打ち出した。また、賃上げの恩恵が及びにくい低所得の年金受給者への支援も盛り込み、給付金1人3万円程度を支給する方向で検討している。26日に開かれた政府と経済界が協議する「官民対話」では、日本経団連の榊原会長が、法人実効税率の引き下げや新技術開発に向けた積極的支援、労働規制のさらなる緩和などにより2018年度までの3年間で設備投資が10兆円程度増加する見通しや、収益が好調な加盟企業に自社の実情にかなったかたちで前年を上回る賃上げを行うよう呼びかける方針を表明した。
子育て支援関連では、待機児童の解消に向けて認可保育所・小規模保育・事業所内保育所といった施設整備・補助拡充などを進めることで2017年度末までに保育受け入れ枠50万人分を新たに確保するとした。保育所増設は、既存の子育て支援関連基金を活用する方針だ。認可外の事業所内保育所にも子どもを預けやすくするため、保育士数などを条件に運営費の補助するほか、複数企業による共同保育所運営を容認するなど施設整備を後押しするしくみも検討する。また、保育士の人材確保を図るため、修学資金の貸し付けと卒業後の所得に連動させて無理なく返済ができる制度導入、保育士の待遇改善や離職した保育士の再就業支援なども行う。
さらに、25~44歳の女性就業率を将来的に80%まで拡大していくことを目標に、雇用契約満了までに子どもが2歳にならなければ取得できない非正規雇用女性の育児休業を子ども1歳半であれば取得できるようにするなど育児休業を取得しやすい制度なども見直す。このほか、幼児教育の無償化や児童扶養手当の拡充、3世代同居向け住宅の建設に補助拡充などの育児負担の軽減、不妊治療への助成拡充なども盛り込まれた。
介護離職ゼロ関連では、特別養護老人ホームや宿泊を組み合わせた在宅サービス、サービス付き高齢者向け住宅といった介護施設などを、2020年代初頭までに50万人以上分を新たに整備することが明記された。また、介護人材確保策として介護福祉士をめざす学生に対する学費貸付制度の対象を拡大する。介護職員の給与が低く慢性的な人手不足が指摘されるなか、政府は、介護人材の処遇改善が喫緊の課題と位置付けているが、具体的な処遇改善策への言及について見送った。いまのところ、2018年度の介護報酬改定まで介護職員の基本給引き上げも行われないようだ。このほか、介護休業給付を休業前の給与水準の40%から育休給付と同じ67%に引き上げる。
政府は、補正予算案や来年度予算案に反映するとともに、制度の見直しなどが必要なものは通常国会で法改正をめざす。また、国民会議では、2020年以降を見据えた中長期の総合的対策と具体的工程表からなる政策パッケージ「日本1億総活躍プラン」のとりまとめ作業に着手し、来年5月にも策定する方針だ。
こうした緊急対策に、与党内から「全体のつながりがみえない」「総花的で何をしたいのかがわかりにくい」といった批判や、具体的な財源が曖昧で関係府省の連携も不足しているなどと懸念する声が続出している。また、国民会議の民間議員らから、低年金者への給付金など一過性の対策も含まれているため、参議院選挙を意識したバラマキ施策にならないようにすべきとの意見もある。
【安倍総理、補正予算案と来年度予算案の編成を指示】
政府は27日、補正予算案と来年度当初予算案の編成の基本方針を閣議決定し、全閣僚に編成を指示した。政府・与党は、政府の基本方針を踏まえて編成作業を本格化している。
補正予算案は、3.5兆円規模となる見通しで、昨年度決算剰余金(約1.58兆円)や、法人税・所得税や消費税など今年度予算の税収上振れ分(約1.3兆円)などを財源に充てる。財政再建への懸念が強まることを避けるため、2015年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字を半減する目標を堅持し、国債の追加発行は見送る。TPP大筋合意を受けての国内対策や1億総活躍社会の実現に向けた緊急対策のうち緊急性の高い事業を計上するほか、9月の関東・東北水害の復旧や河川整備関連(約2000億円)に重点的に置いた災害対策や、パリ同時多発テロを受けた緊急のテロ対策費用なども、補正予算案に盛り込むようだ。
TPPの国内対策では、「攻めの農林水産業への転換」に必要な経費を中心に計上するとしており、農林水産関連の対策費を総額3000億円程度とする方向で調整している。
農林水産業の体質強化・収益力向上策は、複数年度にわたって機動的・弾力的に予算配分を行う必要があるとして、関税の引き下げの影響を受ける牛肉・豚肉などの畜産業と、それ以外の野菜・果実などに分けて二つの基金をつくり、農地の大規模化に必要な機械・施設への設備投資、畜産の繁殖技術の改良、畜産クラスター事業、産地パワーアップ事業などを支援する方向だ。また、農産物の輸出促進・拡大に向けた販路支援・環境整備、自民党が強く求める農地の大区画化・汎用化など農業農村整備事業(約1000億円)のほか、財源不足が見込まれる水田活用の直接支払交付金の積み増し、台風で被災した農家への支援策、強い農業づくり交付金なども盛り込む方向で調整している。
財務省は、TPP対策が旧来型のバラマキにしないよう、予算額を極力絞り込む方針だが、自民党内では、対策大綱に明記された「既存の農林水産予算に支障を来さないよう政府全体で責任を持って毎年の予算編成過程で確保する」点を根拠に、TPPに対する不安が大きい農家への保護対策の拡充と予算増額を求める声が強まっており、財務省と自民党・農林水産省とが水面下で攻防を繰りひろげている。
1億総活躍社会の実現に向けた緊急対策関連については、安倍総理が「我が国の経済は穏やかな回復基調が続いており、引き続き機動的な対応を行いつつ、GDP600兆円に向けた歩みをより確固としたものにしていく必要がある」と、子育て支援や介護離職ゼロに直結する施策に必要な経費を計上する意向を示している。具体的には、個人消費の活性化を図るべく、賃上げの恩恵を得られていない低所得の年金受給者に絞って支給する臨時給付金を計上するほか、保育や介護の関連施設・サービスの整備、介護人材の育成強化、介護者の負担軽減を図る介護ロボットやICT(情報通信技術)の活用、3世代同居を促す住宅補助、近居世帯に対する家賃軽減の拡充なども補正予算案を盛り込まれる見通しだ。
このほか、「地方創生なくして1億人を維持することはできない」(安倍総理)として、地方創生や地域経済の活性化に取り組む地方自治体の先駆的事業を積極的に支援するため、「地方創生加速化交付金」(仮称)を最大で1000億円規模で計上する方針だ。政府は、新型交付金を2016年度から導入することになっているが、地方自治体の先駆的事業が本格始動することを踏まえ、前倒しで補正予算案に盛り込むこととなった。
一方、来年度予算案の編成をめぐっては、編成の基本方針で「経済再生なくして財政健全化なし」と、経済再生と財政健全化をともに前進させる方針を改めて打ち出した。TPPや1億総活躍社会の実現に係る対策に重点を置きつつ、財政健全化計画に盛り込まれた2020年度にプライマリー・バランスの赤字脱却をめざして国の政策遂行に必要な経費を計上する一般歳出を年平均5000億円強の増加に抑える目安を十分踏まえたうえで予算案を編成していくため、「歳出全般にわたり聖域なき徹底した見直しを、手を緩めることなく推進する」と歳出改革にも取り組むとしている。
基本方針の閣議決定に先立って開催された行政改革推進会議(議長:安倍総理)では、8府省55事業<来年度予算案での概算要求総額13.6兆円>の政策効果を点検・検証する「行政事業レビュー」の検証結果がとりまとめられた。検証結果では、原子力関連事業や2020年東京オリンピック・パラリンピック関連事業などを中心に、抜本的見直しや予算計上の見送りなどを求めている。安倍総理は「税金が優先順位の低い施策に使われるとの批判を招いてはならない。予算編成に的確に反映し、さらに事業の改善に努力したい」と、引き続きムダ撲滅に取り組む方針を強調したうえで、検証結果を来年度予算編成に反映させるよう各府省に指示した。
国の一般歳出の多くを占める社会保障関係費を抑制するため、財務省は財政健全化計画にもとづいて概算要求から約1700億円を削減する方向で調整している。抑制分は、医療サービスなどの公定価格「診療報酬」のマイナス改定でほぼまかなう方向だ。
薬の値段などの「薬価」部分は、今年も1%超を引き下げる。厚生労働省は、医療費の抑制・適正化に向け、割安な後発医薬品(ジェネリック)の価格を、先発薬の原則6割から5割に引き下げるほか、後発薬への切り替えが進まない先発薬の価格を通常の薬価改定とは別に1.5~2%引き下げる制度の要件も見直す方針だ。医師や薬剤師の技術料など「本体」部分では、患者の服薬情報の一元管理や服薬指導を手掛ける「かかりつけ薬局」の調剤報酬を手厚くする一方、特定病院の処方箋のみを集中的に受け付けている「門前薬局」の調剤報酬を引き下げるなどの見直しを行う。
削減を徹底して求める財務省と、削減幅を極力抑えたい厚生労働省・自民党などが、予算編成での改定率決定を前に水面下での攻防を繰りひろげられている。
【与党協議、軽減税率の品目などで平行線】
12月10日ごろの2016年度与党税制改正大綱とりまとめに向け、与党は要望項目の取り扱いを決める振り分けなど行って検討作業を加速させている。
今回の税制改正大綱では、市販薬を購入した額の一部を所得額から差し引く所得控除(所得税・個人住民税)、不正行為を意図的に繰り返す悪質な納税者に対し通常の所得税や法人税などの税額に上乗せする「加算税」の10%引き上げ(最高50%)、新幹線通勤者などが増えていることに配慮して公共交通機関の定期券代や有料道路の料金に応じた通勤手当の所得税非課税限度額を月10万円から月15万円に引き上げ、クレジットカードで国税納付ができるしくみの創設などが固まっている。また、TPPの農業対策の一環として農地集約を促進するため、農地中間管理機構を通じて農地を長期間貸し出す農家に対し、固定資産税を最大5年間半減する優遇措置を導入するほか、再生可能な耕作放棄地に対する固定資産税を1.8倍に増やすようだ。
一方、関係団体などとの調整ができていないビール系飲料の税額見直しや、ゴルフ場利用税の廃止を先送りし、来年末の2017年度改正作業で議論することとしている。また、金融庁や証券業界などが強く要望していた、株式と株式投資信託などで得た利益と損失を合算して課税額を決める「損益通算制度」にデリバティブ取引を加える案も見送る方向で調整に入っている。
焦点となっている法人実効税率の引き下げ幅のさらなる上乗せをめぐっては、経済再生や企業の国際競争力向上、景気の底上げにつながる企業の投資拡大と賃上げを後押しして、早期に20%台に引き下げる道筋を付けるため、政府は、1年前倒しして2016年度に29.97%まで引き下げる方針を固めた。給与総額など企業規模に応じて課税する「外形標準課税」(地方税)の拡大や設備投資減税の一部縮小、購入した生産設備などを耐用年数に応じて費用に分割計上する減価償却制度の見直しなどにより税率引き下げの穴埋め財源を捻出する方向で、政府・与党が調整している。経済産業省は、赤字企業への課税拡大につながるとして外形標準課税の拡大に慎重姿勢を示していたが、打撃を受ける中堅企業への配慮を条件に容認した。与党協議を経て与党税制改正大綱に盛り込まれる見通しだ。
2017年4月に消費税率10%への引き上げに伴って負担緩和策として導入する軽減税率の制度設計をめぐって、自民党と公明党が幹事長レベルによる協議を行っているが、互いに主張を譲らず、協議が平行線を辿っている。
事務負担が増える事業者への配慮や財源確保の観点から対象品目を絞りたい自民党は、2017年4月の軽減税率スタート時には対象品目を生鮮食品(年間軽減額3400億円)とし、税額票(インボイス)が義務化される3年後をメドに加工食品を含めた飲食料品へと拡大する段階的に拡大する案を改めて主張している。また、公明党に配慮して、対象品目の拡大までの期間、社会保障と税の一体改革の枠外の一般財源を使って低所得者に給付金を支給する方向で調整を進めている。これに対し、国民の痛税感の緩和や分かりやすさ、景気対策になることなどを重視する公明党は、軽減税率の導入当初から対象品目を「酒類を除く飲食料品(外食を含む、年間軽減額約1.3兆円)」か「酒類・外食を除く飲食料品(年間軽減額約1兆円)」と、可能な限り幅ひろい品目にするよう求めている。
官邸側は、自民党と公明党の幹事長レベルでの協議で決着をつけることを前提としつつも、このまま期限が迫っても決着の糸口をつかむことができなければ、水面下での調整に乗り出す構えもみせた。軽減税率の対象品目を生鮮食品と加工食品(酒・外食・菓子・飲料を除く、年間軽減額約8000億円)とする案なども検討している。医療・介護や保育などの自己負担の合算額に上限を設定し上限を超えた分を国が給付する「総合合算制度」の実施見送りで捻出できる年4000億円のほか、景気回復による税収の上ぶれ分や、たばこ増税、診療報酬改定の厳格化などで穴埋め財源を捻出する案も挙がっているという。
こうした官邸側の動きに、自民党執行部や税調内では、税収の上ぶれ分を活用する案などが安定財源としてみなすことができないと反発を強めるほか、官邸側が調整に乗り出すことへの警戒感もひろがった。谷垣幹事長は、安定財源の確保を前提としつつも、「まとめるには視野を広げた議論が必要」と、加工食品の一部も対象品目に追加することや、軽減税率に充てる財源を上積みして4000億円超とすることも含め、公明党と一致点を探っていく可能性を示唆した。当面、軽減税率の対象品目と穴埋め財源をめぐる政府・与党間の激しい攻防が12月10日まで続きそうだ。
【軽減税率などをめぐる攻防に注目を】
12月1日の衆議院文部科学委員会で、馳文部科学大臣や遠藤オリンピック担当大臣らの出席のもと閉会中審査が行われ、高速増殖炉もんじゅの管理不備問題や、教職員定数、奨学金拡充、学校の耐震化、五輪選手への報奨金といった問題についての議論が行われた。3日にはTPPの合意内容と国内対策などをテーマに衆議院内閣委員会・農林水産委員会の連合審査会、くい打ち工事の施工データ不正問題などをテーマに衆参両院の国土交通委員会、9月の関東・東北豪雨災害をテーマに衆議院災害対策特別委員会などでそれぞれ閉会中審査が開催される。
このほかにも、高木復興担当大臣が出席する衆議院東日本大震災復興特別委員会の閉会中審査を8日に開催する方向で調整している。野党側は、高木大臣の疑惑を追及する構えだ。参議院側では、11日までの間に各委員会での閉会中審査を開催する方向で与野党が調整を進めている。
ただ、閉会中審査の質疑総時間が限られていることもあり、議論の深まり欠ける。「衆議院か参議院のいずれかの4分の1以上の議員が要求した場合、内閣は召集を決定しなければならない」と規定する憲法53条にもとづいて臨時国会の召集を強く求めてきた野党5党(民主党・維新の党・共産党・生活の党・社民党)は11月30日、大島衆議院議長に政府に臨時国会の召集を要求するよう文書で重ねて申し入れた。12月2日には、民主党・共産党・維新の党・社民党と参議院会派無所属クラブが、山崎参議院議長に政府に臨時国会を早期に召集するよう働き掛けを求めた。衆参両院の議長は「憲法を守るべきだという求めは当然。議長として改めて開くよう要求したい」(大島議長)、「個人的には同感だ。重く受け止め、内閣に強く申し伝える」(山崎議長)と、野党側の申し入れを政府に伝えると応じた。ただ、与党は野党側が求める臨時国会の召集に応じない方針で、本格的な与野党論戦は事実上、通常国会に持ち越しとなっている。
与党税制改正大綱のとりまとめが大詰めを迎えており、最大焦点となっている軽減税率の制度設計についてどのように決着するのかがポイントとなる。また、補正予算案や来年度予算案の編成作業などが本格化しており、政府・与党の水面下での駆け引きも激化している。軽減税率はじめ税制改正大綱のとりまとめや、予算編成などをめぐる政府・与党内の攻防に引き続き注視しながら、最終的にどのような内容になるのかを見極めていくことが大切だ。