政策工房 Public Policy Review

霞が関と永田町でつくられる“政策”“法律”“予算”。 その裏側にどのような問題がひそみ、本当の論点とは何なのか―。 高橋洋一会長、原英史社長はじめとする株式会社政策工房スタッフが、 直面する政策課題のポイント、一般メディアが報じない政策の真相、 国会動向などについての解説レポートを配信中!



 今月
22日に投票が行われる大阪府知事選挙と大阪市長選挙の立候補者が出そろった。事実上、府知事選は松井一郎知事と栗原貴子氏、市長選は吉村洋文氏と柳本顕氏の一騎打ち、大阪維新対非維新(自民、共産など)の対決である。

 


 また「大阪都構想」が争点になろうとしている。5月の住民投票で否決という結論が一応出ているが、その際、都構想反対派が主張していた、都構想の対案としての大阪会議が機能していないからだ。筆者も、都構想の対案として大阪会議(大阪戦略調整会議)が、テレビなどで何度も取り上げられたことを記憶している。ところが、実際にはまったく機能しなかったのだ。

 


 選挙結果は。今後の大阪府市行政にどう影響するのだろうか。府市の両方を大阪維新がとれば、都構想が再び現実化する。これは、地方政治・行政にとって、地方分権で選択肢が広がるという意味で望ましい。ただし、これまでの都構想ではなく一定期間の検討の後に修正が加えられるだろう。

 


 府市のいずれかを非維新がとれば、都構想はなくなる。それは、橋下氏が登場した以前に戻ることを意味する。両陣営ともに、大阪が東京に次ぐ2極になることを目指すという意味では同じだ。大阪維新が従来の方法を破ること、非維新は従来を踏襲することで、目標を達成しようとしている。

 


 大阪府知事は、橋下・松井時代の前は、横山ノック・太田房江時代だ。この両者の経済パフォーマンスを比較してみよう。経済パフォーマンスの見方はいろいろあるが、オーソドックスには、GDPと失業率がもっとも重要なので、それらを比較しよう。いろいろな経済変動の影響を受けるので、大阪府と全国を比べ、GDPでは大阪府の全国シェア、失業率では大阪府失業率と全国失業率に対する比率をみよう。

 

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まず、GDPでは、大阪府の全国シェアは長期低落傾向にある。シェアが前年度より増えれば勝ち、減れば負けとすると、横山・太田時代は2勝11敗であるが、橋下・松井時代は2勝3敗と、やや負けクセが是正されてきたようにみえる。

   

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次に、失業率では、横山・太田時代に全国を40%近く上回っていたが、橋下・松井時代は25%程度とまだ全国水準までは達していないが、かなり改善傾向を読み取れる。

 


 大阪の経済活動が本格的に回復するにはまだ時間がかかるだろうが、横山・太田時代と橋下・松井時代を比較する限り、橋下・松井時代に分があるようだ。ダブル選挙における、大阪府市民の判断が見ものだ。

 



 

【閉会中審査、野党は高木大臣の疑惑を追及】

今週10日、衆議院予算委員会で、安倍総理はじめ関係閣僚出席のもと、閉会中審査が行われた。また、11日には、参議院予算委員会で閉会中審査が行われた。自民党や公明党は、日米など交渉参加12カ国が大筋合意した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉のプロセス・大筋合意の内容・国内対策、日韓関係など外交課題などについて安倍総理を質した。

一方、民主党など野党側は、複数の問題が浮上している高木復興担当大臣を追及した。高木大臣をめぐっては、自身が代表を務める自民党支部と資金管理団体が、公職選挙法で禁じている選挙区内の葬儀での香典・枕花代の支出を政治資金収支報告書に記載していたことや、週刊誌記事が掲載した過去の窃盗疑惑、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の事業を請け負う地元企業からパーティー券購入のかたちで資金提供を受けたことなどが指摘されている。これら以外にも、通常国会で成立した安全保障関連法の撤回や、米軍普天間飛行場移設問題、原発再稼働問題、TPP交渉の大筋合意を受けた政府の対応、安倍総理が重要政策に掲げる1億総活躍社会・新3本の矢などについて質していたが、論点が絞りきれないまま、国会論戦は深まらないままだった。

 

高木大臣の政治とカネをめぐる問題について、民主党の柚木道義・衆議院議員が、2012~13年に党支部が支出した香典支出8件(16万円)のうち、高木大臣が通夜までに弔問していない事例が少なくとも3件あり、公選法違反の可能性があると指摘した。そして、「2013年のケースでは代理の方が香典を持参したとしており、事実なら違法かつ、高木氏の発言は虚偽になる」などと追及した。高木大臣は「いずれも私が弔問に行き、私費で香典を渡したのは間違いない」と改めて違法性を否定した。また、後援会の資金管理団体が11~12年に選挙区内の葬儀で支出した枕花代2件(2万4000円)については「今回、マスコミから指摘を受けて初めて知った。厳重注意した。二度と起こらないようにする」と事実関係を認めて釈明した。

 パーティー券をめぐっては、具体的な時期や金額、閣僚在任中のもんじゅ関連企業からの資金受領を自粛するか否かなどには言及せず、「私の政治姿勢、復興担当大臣の仕事に影響を与えることは一切ない」と主張した。窃盗疑惑も「そうした事実はない。選挙のたびにそういう噂が出ているのは承知しているが、なぜ出ているか承知していない」と全面的に否定した。

 

高木大臣は、2日間の閉会中審査で「しっかりと説明させていただいた」と強調し、「職責を果たしていくのが私の責任だ」と大臣辞任を否定した。しかし、民主党などは、高木大臣の国会答弁は「虚偽ではないかとの疑念も湧いている」(民主党の高木国対委員長)、「全く説得力に欠けたものだ」「きちんと説明責任を果たせないなら、閣僚として適切ではない」(民主党の枝野幹事長)など、いまだ疑惑が払拭されていないと納得していない。衆議院予算委員会で追及した柚木議員は、河村衆議院予算委員長に、高木大臣・関係者の証人喚問や、窃盗疑惑に関する警察資料の提出などを要求している。

また、高木大臣の疑惑以外にも、政治とカネ疑惑が浮上した森山農林水産大臣や馳文部科学大臣、公職選挙法違反(寄付行為)にあたる可能性が指摘されている島尻沖縄及び北方担当大臣らの疑惑もある。野党側は、新閣僚の疑惑も引き続き徹底追及していく方針だ。疑惑が深まれば、安倍総理の任命責任を追及することも視野にいれている。

 

 

【安倍総理、「攻めの農業」重視の対策を強調】

 TPP交渉の大筋合意を受け、政府が11月25日にも決定するTPP対策大綱について、安倍総理は、10日の閉会中審査で「農家の不安に寄り添いながら、政府全体で万全な対策を取りまとめ、実行していく。農業を成長産業化にし、夢のある分野にしていきたい」との決意を改めて示した。

1993年の関税・貿易一般協定のウルグアイ・ラウンド合意を受けて対策費はバラマキ予算だったとの批判があることも踏まえ、「今回の対策では絶対にないようにしたい」「バラマキと批判を受けることがないよう、成長産業化に真に必要な対策を取りまとめる」と述べた。そして、「世界に誇るおいしくて安全な(日本の)農産物は、まっとうに評価される。世界のマーケットが広がっていくわけであり、政府も支援しながら、輸出を進めていきたい」「輸出促進や6次産業化の推進などにより、農業者の所得向上をめざしていく」「日本の質の高い農産品に対する関税、障壁がなくなる。チャンスとして生かし、しっかり予算をつけていく」などと、担い手の育成や農地集積など国内農業の体質・競争力の強化、6次産業化など農産物の付加価値化・農産物の輸出拡大など「攻めの農業」に重点を置いた対策とすることを強調した。

 

また、安倍総理は、TPP交渉の大筋合意の内容が農産物の重要5項目(米、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖など甘味資源作物)の保護などを求めた2013年国会決議に違反しているのではないかとの声があることについて、国会決議に即しているか否かは国会の判断としながらも、農林水産品の関税撤廃が日本を除く参加11カ国が98.5%に対して日本が81%にとどまっていることや、2割を例外なき関税撤廃の外におくことができたことなどを挙げて、「交渉参加の際の約束を守ることができた」「国会決議の趣旨に沿う合意を達成できた」と理解を求めた。農産物重要5項目への対策は、畜産の継続・発展のための環境整備を検討するなかで畜産農家の赤字の8割を補填する経営安定対策事業の法制化や国による補填割合の引き上げを検討するなど、「品目ごとの合意内容に応じた適切な措置を検討していく」(森山農林水産大臣)という。

 さらに、協定条文案に関税撤廃時期の繰り上げの規定や、締結国から要請などがあれば協定発効3~7年後に関税内容を見直すための再協議を行う規定が盛り込まれており、農産物重要5項目も含め、更なる自由化が迫られることになるのではないかと懸念する声が出ていることに対し、甘利経済再生担当兼TPP担当大臣は「(見直し規定は)どの通商協定にも定番で入るもの。発効する前に仕切り直しというのは全く別の話で、アメリカ政府もそんなことはできないといっている。日本も応じない」と、必ずしも条文の見直しを意図したものでなく、関税削減・撤廃の前倒しや撤廃品目の追加には応じられない姿勢を強調した。日本は、5カ国(アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・チリ)と相互に結んだ関税の扱いに関する付属文書で、協定発効から原則7年後か第三国と経済連携協定を結んだ場合、締結国の要請があれば再協議できると規定している。

 

自民党と公明党は、関税削減・撤廃に伴う影響を受けやすい農林水産業を中心とした国内対策を11月中旬にもとりまとめるため、それぞれ具体的な対策案の検討作業をスタートさせている。自民党は、6日から3日間、7道県計15カ所で大筋合意内容や政府方針などの説明、関連団体・生産者への意見聴取などを行う「TPP地方キャラバン」を、9日から農林水産戦略調査会(西川会長)・農林部会(小泉部会長)の合同会議を連日開催して、農林水産関連団体などへのヒアリングを実施している。公明党もTPP総合対策本部(総合本部長:井上幹事長)・農林水産業活性化調査会(会長:石田政調会長)・農林水産部会(上田部会長)らの幹部と農家との意見交換を9日までに行った。

政府・与党内は、段階的に関税軽減・撤廃となる品目が多いことから「国内対策を15年以上」かけるとし、輸出戦略に特化した品目横断型基金の新設のほか、海外市場に適した商品開発・需要開拓・輸出を進める農家・農協への支援など「農産品の輸出戦略強化」や、離農者を雇用した企業への税制優遇など「農地集積・余剰農家対策」、加工食品などの原産地表示の義務化などについて検討している。また、農林水産業への影響を最小限にするため、政府備蓄米制度の運用期間を1年短縮してコメの新規輸入枠新設に伴う米価下落を回避することや、関税が急激に下がる品目を対象に農家の経営安定化のための基金新設・既存基金の積み増し、事実上の関税に相当するマークアップ(輸入差益)が45%削減となる小麦・大麦の生産者への予算措置の継続などの案が浮上している。

 
 ただ、自民党内には、安倍総理らが主張する「攻めの農業対策」を強く求める声がある一方、「体質強化をすればいいというだけでは大変不安」「一にも二にも経営安定」として、関税の削減・撤廃に伴う輸入品の急増や農作物の価格低下などに対応した農家の経営安定対策の充実や農業者支援、セーフティーネットの整備などで農家の不安を取り除く「守りの農業対策」を優先させるべきとの意見も根強くある。農業対策以外では、自民党厚生労働部会が、国民皆保険制度を日本の医療制度の根幹として堅持することや、TPP域内の日系企業の労使問題改善に向けて、労働関係法令が公正に施行されるよう日本政府による現地行政機関への働きかけなどを求めている。

自民党は、政府がとりまとめる関連対策大綱やその一部を盛り込んだ補正予算案に反映させるため、党としての提言を11月17日にも取りまとめる。限られた時間のなかで、どのように意見集約し、具体的かつ効果的な提言を打ち出すことができるかがポイントとなりそうだ。

 

 

【安倍総理、1億総活躍社会の実現に決意】

新たな看板政策として打ち出している「1億総活躍社会の実現」については、安倍総理が10日の閉会中審査で「政策の総動員で名目GDP(国内総生産)600兆円を実現」「働き方改革によって女性や高齢者のチャンスを広げていく」などと説明し、全力を挙げて取り組む決意を示した。

安倍総理が掲げる新3本の矢のうち、名目GDP600兆円を2020年ごろまでに実現する「強い経済」関連では、4日の経済財政諮問会議で、議長の安倍総理が緊急に実施すべき対策を11月中に取りまとめるよう甘利経済再生担当大臣に指示した。名目GDP600兆円の実現方法として、設備投資・研究開発・人材育成の促進や、賃上げを通じた個人消費の拡大、法人税実効税率の早期引き下げ、規制改革などがあがっている。諮問会議の民間議員らは、社会保険料負担が女性の働く意欲を抑えているとされる「130万円の壁」の負担軽減策も検討すべきと提起している。

 

安倍総理は、「経済界には設備投資と賃上げに積極的に取り組んでもらう必要がある」(4日の経済財政諮問会議)とたびたび強調している。甘利大臣も賃金上昇率年3%程度をめざすべきとの認識を示し、「賃上げすれば消費が伸び、景気が良くなるのはみんな知っている。そこまで踏み込めるかどうかだ」と意欲を示した。「(設備投資や賃上げを拡大するために)何らかのインセンティブをつける必要がある」(菅官房長官)と、税制優遇措置など企業の投資拡大を促進する新たなしくみを導入する方針のようだ。

 また、安倍総理は、経済再生や企業の国際競争力向上のほか、企業に設備投資や雇用、賃金を増やすよう促すねらいから、法人実効税率(国・地方)を「早期に20%台に引き下げる道筋を付ける」(11日の経済財政諮問会議)ため、引き下げ幅を確実に上乗せするとも表明している。政府は、法人税率の引き下げに前向きな安倍総理の意向を踏まえ、来年4月に引き下げられる実効税率31.33%を、30.88%とする方向で最終調整しているようだ。今後、課税ベース拡大などによる財源確保も含め、政府・与党内で協議のうえ、12月にまとめる与党税制改正大綱に盛り込むこととなる。

 

さらに、企業の研究開発や新技術導入などを支援することで、投資促進や雇用創出、関連消費の拡大などを図るため、5日に開かれた政府と経済界が協議する官民対話の会合で、安倍総理が「自動走行、ドローン(小型無人機)、健康医療は安全性と利便性を両立できる有望分野だ。スピード勝負となる第4次産業革命を世界に先駆けて実現したい」と述べ、関係閣僚に規制改革と法整備を加速させるよう指示した。ドローンを使った宅配サービスを3年以内に実現することや、2020年に自動車の無人自動運転の実用化、3年以内に人工知能を活用した診断支援システムの実用化などの目標を掲げている。

 ドローン利用については、関係府省庁と事業者で構成する「官民協議会」を設置して、来年夏までに具体的な対応方針を策定する。ドローンや建設機械の遠隔操作や、ドローンが上空で撮影した画像を携帯電話で円滑に送信できるようにするため、専用周波数帯の割り当てや、新たな電波利用制度の整備なども進める。運転手の操作がほとんど必要としない自動車の無人自動運転については、東京オリンピック・パラリンピック競技会場と空港の間などで無人運転移動サービスを実現するため、公道実証実験に必要な環境整備(道路交通法改正など)を行うようだ。

 

2020年代半ばまでに「希望出生率1.8」を実現する子育て支援関連では、待機児童の解消に向けて、2017年度末までに40万人分の保育受け入れ枠を確保するとの政府目標があるが、安倍総理は「少なくとも50万人分の保育の受け皿を整備したい」と、さらなる上積みをめざす考えを明らかにした。また、妊娠・出産費用や不妊治療の支援拡充、幼児教育の無償化、一人親世帯への支援強化、新婚世帯や子育て世帯を対象に公的賃貸住宅への優先入居や家賃負担軽減などの支援、3世代同居のための住宅改修費用の補助などにも取り組むと。厚生労働省は、全国的な保育士不足に対処するため、認可保育所に保育士を最低2人配置する国の基準を緩和する特例措置を来年度以降も続ける方針だ。文部科学省は、幼児教育の無償化、高校・大学生の奨学金充実、フリースクール支援、夜間中学の設置促進などを提案している。

 介護を理由に仕事をやめる介護離職者(年間約10万人)を減らす「介護離職ゼロ」関連では、特別養護老人ホームなど介護施設の整備を条件に、首都圏の国有地約90カ所を選定して介護施設を運営する社会福祉法人に民間相場の最大半額で貸し出す案(原則50年の定期借地権を設定)が検討されている。財政制度等審議会(財務大臣の諮問機関)国有財産分科会で議論のうえ、11月下旬にもまとめる1億総活躍社会の緊急対策(第一弾)に盛り込まれる見通しだ。このほか、在宅サービスの整備・充実、介護人材の確保、介護休業給付金の引き上げなども検討されている。

 

 政府の検討作業に加え、6日に自民党1億総活躍推進本部(逢沢本部長)や公明党1億総活躍推進本部(本部長:石田政調会長)がそれぞれ初会合を開催し、議論をスタートさせた。自民党と公明党は、政府が来春策定するニッポン1億総活躍プランや来年夏に行われる参院選の公約へ反映させることを念頭に、来年4月をメドに政策提言も取りまとめる方針だが、当面、社会保障分野を中心に議論して、11月中旬にも緊急対策(第一弾)に盛り込む緊急提言をとりまとめるとしている。

ただ、与党内からは、新3本の矢の実現可能性や、看板政策だった女性活躍が相対的に薄まっていることへの懸念、国民に分かりにくいといった声が続出しており、意見集約も容易ではない。また、1億総活躍社会の理念や定義などが曖昧で、具体的な政策領域も明らかとなっていないだけに、1億総活躍社会に関連付けた便乗要求もでてくるのではないかとも指摘されている。

 

 

【軽減税率の制度設計、大筋合意は12月中旬に先送り】

2017年4月に消費税率10%への引き上げに伴って負担緩和策として、飲食料品・生活必需品の消費税率を低く抑える「軽減税率」の導入をめぐっては、自民党と公明党が4日と11日に、与党税制協議会・軽減税率制度検討委員会(座長:宮沢洋一・自民党税制調査会長)で与党協議を行った。しかし、焦点となっている対象品目や穴埋め財源などで主張の隔たりが埋まらずにいる。

自民党は、対象品目をこれまで主張してきた精米だけでなく、精米を含む生鮮食品と原産地表示を条件に生鮮食品に近い加工食品にも拡大(税収減約4000億円)することを事実上、容認した。幅ひろい適用を求める公明党に譲歩する姿勢をみせたうえで、公明党にも歩み寄りを求めている。しかし、公明党は、軽減税率の大きな目的である痛税感の緩和にはつながらないとして、「酒を除く飲食料品(外食を含む、税収減約1.3兆円)」を対象にすることや、対象品目の設定と軽減税率の導入に必要な財源の議論とは切り離して行うべきと主張しており、11日の与党協議でも結論は出なかった。

 

 中小・零細事業者の経理事務負担を和らげるため、現行の帳簿や請求書に軽減税率の対象品目に印を付ける「簡易な経理方式」を基本としつつ、中小事業者は、売り上げに占める軽減税率の対象品目割合に応じてみなし税率(8~10%)をあらかじめ定めて納税額を決める「みなし課税方式」のどちらかを選択できるようにする方向で検討されている。ただ、みなし課税方式は正確な納税額の算出が難しいため、納めるべき税が事業者の手元に残る益税が発生しやすい。自民党と公明党は、複数税率で事業者が品目ごとに税率・税額を明記する「インボイス方式」へ移行することを決めており、その移行までの経過措置(3~5年程度)と位置付けるようだ。

自民党の宮沢調査会長と公明党の斉藤調査会長は、みなし課税方式の導入を含めた制度設計の素案づくりに着手しており、みなし課税を認める中小事業者の事業規模の線引きや、対象品目の割合などの詳細を詰めている。早ければ11日の与党協議に素案を示し、具体的な制度設計の協議に入る見通しだ。

 

 安倍総理は、10日の閉会中審査で「2017年4月の消費税率10%への引き上げ時に導入が間にあうよう、中小事業者の負担にも配慮して両党間で具体案を取りまとめてもらいたい」と述べている。与党は当初、例年通り11月下旬から法人税改革など他の税制見直し議論をスタートさせるため、11月中旬をメドに軽減税率の制度設計で大筋合意することをめざしてきた。しかし、軽減税率の対象品目や穴埋め財源などをめぐって、自民党と公明党の主張の隔たりが埋まらず、与党協議が難航している。こうした事態を受け、自民党と公明党は、軽減税率の制度設計に係る大筋合意の目標時期を、与党税制改正大綱を取りまとめる12月中旬に先送りする方針を固めた。

 軽減税率の対象品目と穴埋め財源について、自民党と公明党がどのように決着をつけるかがポイントとなる。いまのところ、自民党と公明党が折りあう見通しも立っていない。軽減税率をめぐる与党協議が遅れれば、他の税制改正論議にも影響が及ぶほか、大綱決定時期もずれ込む可能性もある。すでに協議の遅れにより、ビール系飲料の酒税見直しやタバコ税の増税などが、来年度の与党税制改正大綱で見送られる見通しとなっている。

 

 

【行政事業レビュー、11日からスタート】

歳出のムダ削減を図るため、8府省55事業<来年度予算案での概算要求総額13.6兆円>の政策効果などを点検・検証する「行政事業レビュー」の公開討論が11日から3日間の日程で実施される。公開討論は、各府省の担当者らが予算案の必要性・根拠を訴えるのに対し、外部有識者(約50人)が専門的見地から予算を査定する。

 原子力・エネルギー関連(19事業)では、日本原子力研究開発機構(JAEA)の運営費交付金のほか、トラブルが相次ぎ運転停止中となっている高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)や運用実績のないまま維持管理費がかさんでいる使用済み核燃料輸送船などの所管事業、石油の国家備蓄施設の管理委託費などが取り上げられた。11日の公開議論で、有識者はJAEAの組織体質そのものに問題があるとの認識で一致した。そして、JAEAに交付金を支出している文部科学省に、廃船を含め船舶管理会社との契約見直しの指導を求めた。

 

 また、「オリンピックだから、地方創生だからといって、実際は全然関係ない事業というものがたくさんあった」(河野太郎・行政改革担当大臣)として、2020年東京オリンピック・パラリンピックや地方創生など看板政策に便乗した事業にも切り込む。

オリンピック・パラリンピック関連では、文部科学省所管の日本スポーツ振興センター運営費交付金の必要経費(163億円)や、全国各地で文化プログラムを推進する文化庁のリーディングプロジェクト推進費(13億円)、農林水産省が要求している夏場における国産花卉の生産向上・安定供給事業などがあがっている。地方創生関連では、地方創生の新型交付金が既存の交付金と重複していないかを点検・検証し、交付金の一本化など改善を求めるようだ。

 

 11月下旬に点検・検証結果をとりまとめ、行政改革推進会議に報告する予定だ。ただ、点検・検証結果を来年度予算編成に反映するかは所管大臣らの判断となるため、予算案の編成過程で、財務省・所管官庁の熾烈な駆け引きや閣僚間の軋轢などが生じることも予想される。河野大臣は、点検・検証作業をインターネット中継で公開することで世論の後押しをえていくとともに、安倍総理の指示で、ムダ削減を実現させたい考えだ。どこまで予算案に反映できるか、河野大臣の手腕が問われている。

 

 

【当面、与野党動向に注意を】

新閣僚の資質追及などで安倍内閣の民主党など野党側は、10日の閉会中審査で「憲法を守る義務がある」(民主党の岡田代表)、「臨時国会を開いて、しっかりTPPの問題を議論する場所をつくるべき」(維新の党の松野代表)と、安倍総理に迫った。これに対し、安倍総理は「時期の決定は内閣に委ねられている」「外交日程、予算編成もある。税制の議論も行わないといけない。そうした日程を勘案しながら検討したい」などと述べるに留めた。

政府・与党は、閉会中審査での議論や世論の動向などを見極めたうえで、与党と相談しながら臨時国会を召集するか否かを最終判断としているが、トルコで開催される20カ国・地域(G20)首脳会議やアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議への出席など、安倍総理の外交日程が立て込んでいるうえ、来年度予算案の編成作業が本格化する12月中旬までの間に十分な審議時間も確保できないことなどを理由に臨時国会の召集を見送る方針を固めている。

 

その代わりとして、政府・与党は、国会論戦から逃げているといった批判をかわすため、野党から要求があれば可能な限り閉会中審査に応じる方向で検討するほか、通常国会を例年の1月後半から前倒しして召集する方針だ。参議院選挙が控えており、会期の大幅延長は難しいことから、1月4日か13日に召集する案で最終調整している。官邸などは、通常国会で今年度補正予算・来年度予算の年度内成立・早期執行、12月上旬で任期切れとなる会計検査院検査官と公正取引委員会委員などの国会同意人事の承認、TPPの国会承認、重要法案の成立などに万全を期すため、1月4日の召集を主張している。参院選に備えて地元活動を優先させたい参議院議員らの意を汲んで、自民党の国会対策委員会幹部らは13日の召集を主張している。

 

ただ、「衆議院か参議院のいずれかの4分の1以上の議員が要求した場合、内閣は召集を決定しなければならない」と規定する憲法第53条にもとづいて安倍総理宛ての臨時国会召集要求書も提出した野党側は、通常国会の前倒し召集よりも臨時国会の召集を主張している。また、衆参両院の予算委員会で開かれた2日間の閉会中審査では、議論が不十分だとして納得していない。

11日、民主党・共産党・維新(参議院)・無所属クラブ・社民党・生活の党の参議院野党6会派の国対委員長らが会談し、(1)複数の疑惑が浮かぶ高木大臣ら新閣僚の資質、(2)TPPの交渉プロセスと大筋合意内容、(3)くい打ち施工データ改ざん問題などについてさらなる審議を要求する方針で一致した。その後、民主党の加藤敏幸・参議院国対委員長が自民党の吉田博美・参議院国対委員長と会談し、臨時国会の召集に加え、新閣僚が出席する関係委員会での閉会中審査を要求した。これに対し、吉田国対委員長は、関係委員会での閉会中審査の開催は検討する考えを伝えたが、臨時国会の召集に慎重姿勢を改めて示した。

 

一両日中にも、世論動向などを見極め、臨時国会を召集するか否かを安倍総理と谷垣幹事長が最終判断するのではないかとみられている。臨時国会の召集が見送られる可能性が高まるなか、野党各党は、どのように動くのだろうか。今後の国会情勢を見極めるためにも、水面下での心理戦も含めた与野党動向に注視しておいたほうがいいだろう。

また、政府・与党は、重要政策づくり、補正予算案や来年度予算案の編成、軽減税率の制度設計などを進めている。今月下旬からヤマ場を迎えることとなるだけに、それぞれどのような進捗状況にあり、どのような内容でまとめられているのかなども、ウォッチしておきたい。
 

【1億総活躍国民会議、初会合を開催】

 先週10月29日、安倍総理が新たな看板政策として打ち出した1億総活躍社会を実現するため、関係閣僚・民間議員らが具体策を検討する「1億総活躍国民会議」の初会合が開催された。議長の安倍総理は「(新三本の矢で)明確な的の設定を行った」と強調したうえで、「それぞれ希望がかない、生きがいを持てる社会をつくりたい。省庁の枠組みを超えて、従来の発想にとらわれない新たな案を取りまとめていただきたい」と要請した。

 民間議員からは、検討課題として外国人の介護人材の活用拡大(榊原定征・日本経団連会長)や、若年者の就職支援(増田寛也・日本創成会議座長、元総務大臣)、結婚・出産を機に離職した女性の再就職促進のための環境整備(菊池桃子・戸板女子短大客員教授)のほか、結婚支援、出産・育児に関する相談機関の設置、社会保障費の抑制に向けたスポーツ振興の重要性などが提起された。また、財政健全化の方針を維持しつつ歳出改革や社会保障の重点化・効率化などを進め、少子化対策や介護問題に対応する固定的な財源を確保することが必要(三村明夫・日本商工会議所会頭)との意見も出た。

 

 国民会議では、11月末の緊急対策(第一弾)とりまとめや、中長期的な総合的対策と2020年までの具体的工程表からなる政策パッケージ「日本1億総活躍プラン」を来年春ごろまでに策定する方針を決めた。また、新3本の矢のうち、名目GDP(国内総生産)600兆円の達成をめざす「強い経済」関連は、甘利経済再生担当大臣が所管する日本経済再生本部や経済財政諮問会議などで提言をとりまとめる方向も確認した。国民会議は、緊急対策のとりまとめに向け、3回程度の会合開催や、若者へのヒアリング実施を予定している。

緊急対策には、経済施策や、若者の就労支援策などを盛り込む方針だ。「希望出生率1.8」関連では、保育所に入れない待機児童を解消するための保育所整備などを検討する。「介護離職ゼロ」関連では、特別養護老人ホームなど介護施設や在宅サービスの整備・充実、介護人材の確保、介護者1人につき最大93日までの介護休業中に支払われる「介護休業給付金」(現在、休業前賃金の40%)の引き上げなどを検討されている。このうち、介護休業給付金の引き上げは、2日の厚生労働省・労働政策審議会部会で労使代表が大筋で了承された。介護休業給付金の引き上げは、育児休業(休業前賃金の67%)との差を縮めるねらいから、50%・60%・67%のいずれかにするという。また、介護休業を取得しやすくするため、原則1回の介護休業を分割取得できるようにすることも検討されている。厚生労働省は、改正法案を来年の通常国会に提出することを念頭に、引き上げ幅など詳細を年末までに決定するようだ。

 

ただ、緊急対策とりまとめ期間が1カ月弱と少ない。幅ひろい意見を反映したり、新たに政策づくりをしたりすることが難しく、関係省庁は、既存政策や概算要求ではじかれた政策などを持ち寄るなどして調整作業を進めているようだ。このことから、緊急対策が「従来の政策の寄せ集めになりかねないのではないか」、「(来年7月25日に任期満了を迎える参議院選挙を念頭に)見栄えする対策が優先されるのではないか」との見方も出始めている。規制改革や歳出改革といった痛みを伴う改革も含め、根本的な問題解決に資する政策や実効性のある政策をどこまで打ち出せるかはいまのところ不透明だ。

このほか、政府は、「活力あふれる超高齢化社会の実現に向けた取組に係る研究会」などを新たに設置し、高齢者の知識・経験・技術・技能などを社会に活かすための施策や、高齢者が元気に暮らせる環境の整備などを検討していく予定だ。具体的な検討課題として、定年後の再就職先や社会貢献活動などを紹介する仕組みや、健康を維持する医療・介護サービスの充実などがあがっている。

 

 

【農林水産省、TPP影響分析を発表】

日米など交渉参加12カ国が大筋合意した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)で、生産者などの間で不安が広がっていることから、農林水産省は、関税撤廃・引き下げなどによる農林水産物への影響を分析した。そして、29日、米麦や甘味資源作物、一部の野菜・果実など21品目への影響に関する分析結果と、影響を抑える対策の方向性について発表した。農林水産省は、これら21品目を含む約40品目の影響分析を進めている。

 日本政府が外国産米の輸入を一元管理する「国家貿易制度」や関税を維持したコメは、多くの例外措置を確保したとして「新設する輸入枠(米国・オーストラリアに計7.84万トン)以外の輸入増大は見込み難い」と予測している。ただ、今後、新設の輸入枠で国内の米の流通量が増えれば、国産米全体の価格水準が下落することが懸念されるとして、備蓄制度の見直しなど国産主食用米生産への影響食い止めや、さらなる競争力強化が必要とした。同じく国家貿易制度や関税が維持される小麦や大麦も、新設の輸入枠分が現行のカレントアクセスによる輸入の一部が置き換わるのが基本であり、国産小麦に置き換わるものではないとして、「輸入の増大は見込み難い」と分析している。ただ、マークアップ(輸入差益)の削減に伴う輸入麦の価格下落で、国産小麦の販売価格に影響を及ぼす懸念がある点を考慮して、競争力強化や国産の安定供給に向けた環境整備が必要とした。

 

 糖価調整制度が続く砂糖は、「テンサイやサトウキビの生産に特段の影響は見込み難い」としつつも、砂糖代替品となりえるココア粉など「加糖調整品」は品目ごとに計9.6万トンの輸入枠が設定されるため、安価な加糖調整品の流入で、糖価調整制度の安定運営に支障が生ずる懸念があると指摘した。糖価調整制度や関税が維持されるでんぷんも、新設する輸入枠(TPP参加国対象の輸入枠7500トン)は現行の低関税輸入枠の範囲内であり、「TPP合意による影響は限定的」だとした。ただ、関税引き下げの影響は、将来的にゼロではないため、一部で低価格な外国産の輸入も懸念されるとも指摘している。

 このほか、麦芽・小豆・インゲン・ラッカセイ・パイナップル・茶・コンニャクは、価格下落の懸念を指摘しつつも、「特段の影響は見込みがたい」とした。オレンジ・リンゴ・サクランボ・ブドウ・加工原料用トマト・カボチャ・アスパラガス・タマネギ・ニンジンは国産と輸入品との時期的なすみ分けや、国産との用途の差別化などが図られているとして「TPP合意による影響は限定的」と分析した。ただ、一部の農産物で、関税の撤廃・削減による輸入相手国の変化など、長期的には価格下落なども懸念されるとしている。

 

海藻類を除く大半の品目で関税撤廃となる水産物のうち、アジ・サバ・マグロなどの主要品目は、TPP参加国からの輸入が少ないことや漁獲規制が実施されていることなどを理由に「TPP合意による影響は限定的」と分析している。ただ、長期的には国産品の価格下落も懸念されるとし、生産性向上など体質強化策の検討が必要であるとした。現行税率から15%の関税削減となるノリやワカメなど海藻は、中国や韓国からの輸入が多いことから、「特段の影響は考えにくい」とみている。加工品向けのカツオ・キハダマグロ・冷凍ベニザケなどの一部品目は、国産品と輸入品の競合が懸念されると指摘した。

牛肉・豚肉、乳製品などへの影響分析結果は、11月4日にも公表される。牛肉・豚肉は、関税削減を長期間で行うことや緊急輸入制限(セーフガード)を確保したことを挙げて、輸入の急増は当面考えにくいとするようだ。ただ、長期的には国産品の価格下落も懸念されるため、体質強化策やコスト削減などの検討が必要となりそうだ。乳製品は、バターや脱脂粉乳のTPP参加国向け輸入枠の規模が、近年の追加輸入実績の範囲内であるとして「無秩序に輸入されることはなく、乳製品全体の国内需給への悪影響は回避の見込み」となるようだ。

 

 政府は、こうした影響分析の結果などを踏まえ、11月25日にも関連対策大綱をとりまとめる。政府は、農業分野への影響を最小限にするため、国内農業の体質・競争力の強化などによる「攻めの農業」と、セーフティーネットの拡充と農家の経営安定化を進める「守りの農業」の両輪から検討していく方針で、農業生産の中核となる担い手の育成、農地集約による規模拡大、農林水産物の高付加価値化、輸出促進などに取り組む考えだ。

また、自民党や公明党は、政府の対策大綱への反映をめざして、農林水産業対策を中心に知的財産や環境など幅ひろい分野の総合対策を盛り込んだ提言を、それぞれ11月20日までにとりまとめ、政府に申し入れる方針でいる。29日に開かれた自民党TPP総合対策実行本部の初会合で、本部長の稲田政調会長は「金額ありきの議論ではなく、強い農業をつくり、地方創生や経済再生につながる議論をしていく」と、バラマキと批判されないよう、安易な予算膨張を抑え込み、攻めの農業に重点を置いた提言をまとめる方針を示した。ただ、自民党内には、参院選への影響を回避するため、生産者保護策など従来型の財政出動を求める声も根強い。また、「バラ色の説明で具体的な経済効果が分からない」「生産者の納得が得られにくい」などと詳細な説明を求める声も相次いでいる。実行本部には、農水族の実力者らもおり、補正予算案や来年度予算案の編成をにらんだ綱引きが激しくなっていきそうだ。

 

 

【補正予算案も編成へ】

 安倍総理は、1億総活躍社会の実現に向けた緊急対策やTPPの大筋合意を受けた国内対策の一部を先行して実施する費用のほか、災害対策などを盛り込んだ今年度補正予算案の編成を11月中に指示する。これを受け、11月下旬にまとまる緊急対策や対策大綱にもとづき、年末までに補正予算案の詳細を詰める。

1億総活躍社会の実現に向けた緊急対策として、介護人材の育成などに向けた基金の積み増しや、介護施設や保育所を拡充するために国有地の安価な貸し付け、3世代同居を促すための住宅補助などがあがっている。政府が目玉と位置付けている「新たな子育て支援パッケージ」(0.1兆円規模の予定)は、来年度予算案に計上するようだ。TPPの大筋合意を受けた国内対策として、農林水産品の海外輸出を支援する施策や、来年度予算案の概算要求で農林水産省が増額を要求した農業農村整備事業の一部前倒しなどが検討されている。災害対策関連では、9月の関東・東北水害の復旧や河川整備に重点的に置いた災害対策などを盛り込む。

 

補正予算案は、総額3兆円以上の規模となる見通しで、昨年度決算剰余金(1.57兆円)の一部や、消費税や所得税など今年度予算の税収上振れ分などを、補正予算案の財源に充てる。財政再建への懸念が強まることを避けるため、3兆円台半ば以内なら国債の追加発行なしでも可能と判断したようだ。

ただ、内閣府が11月16日に発表する今年7~9月期国内総生産(GDP)速報値で、景気停滞・悪化が顕著となれば、景気下支えのための経済対策を追加で盛り込み、補正予算案の上積みすべきとの声が政府・与党内から強まる可能性がある。いまのところ、麻生副総理兼財務大臣は「雇用や所得環境は着実に回復基調にある」として現時点で景気対策は不要との立場を崩していない。財務省もバラマキ批判を受けかねないとして慎重姿勢だ。一方、与党内からは、低所得者に数万円を給付する案など個人消費の喚起策を求める声も出ている。このため、安倍総理は、速報値などを見極めたうえで、補正予算案の規模などを判断するようだ。

 

 政府内では、来年度予算案の編成に関する議論も本格化している。麻生大臣の諮問機関である財政制度等審議会は、11月下旬をメドに歳出抑制の具体策を盛り込んだ建議(意見書)を取りまとめるため、30日に財政制度分科会を開き、来年度予算案の編成に向けた議論をスタートさせた。麻生大臣は「財政健全化計画の成否は、2016年度予算に懸かっている。社会保障をはじめ歳出改革を具体化していく必要がある」と、来年度予算が2020年度に基礎的財政収支の黒字化をめざす財政健全化計画の初年度にあたり、一般会計の3割超を占める社会保障関係費の抑制・抜本的見直しなど歳出改革が予算編成の論点だと強調した。

財務省は、主要焦点となる医療サービスなどの公定価格「診療報酬」の引き下げを主張している。診療報酬の本体部分(医師・薬剤師の技術料)が賃金・物価動向に比べて高く、増額も続いていることから、マイナス改定を求めた。また、薬剤師が過去の処方歴に応じて患者にきめ細かな服薬指導ができる「かかりつけ薬局」を優遇し、薬の使い過ぎを抑制するため、指導の充実度に応じて調剤報酬を算定するしくみの導入など、ゼロベースの見直しを提案している。さらに、医薬品の値段などの薬価も後発医薬品(ジェネリック薬)の普及などに伴う市場動向を反映してマイナス改定とすることや、特許が切れた先発薬(新薬)の薬価引き下げ、処方箋なしでも買える市販品類似薬を保険適用外とすることのほか、将来的には安価な後発薬の価格までしか保険適用を認めず、特許切れ先発薬との差額を自己負担とすることなども提案している。

 

こうした改訂案を財政制度分科会に提案し大筋で了承をえた財務省は、11月中に診療報酬の引き下げ幅を固め、厚生労働省に求めていく方針だ。しかし、厚生労働省は、医療の質の低下を警戒して引き下げに慎重で、参院選への影響を懸念する自民党の厚生労働族らの激しい抵抗も予想される。年末にかけて、厚生労働省との調整が難航しそうだ。

 このほか、リーマン・ショック後に地方の景気対策として導入された雇用対策事業などの予算枠「歳出特別枠」(2015年度予算約0.85兆円)の廃止・縮減を総務省に、地方創生の取り組みを後押しするために経費を積算せずに一括で歳出枠を確保している「まち・ひと・しごと創生事業費」(2015年度予算1兆円)の使途に関する事後検証を内閣官房に、公立小中学校の教職員定数を9年間で約3.7万人の削減を文部科学省にそれぞれ求める方針を固めている。所管する省や諮問機関、地方自治体などがそれぞれ強く反発しており、今後、調整が難航しそうだ。 

 

また、政府の行政改革推進会議は、歳出のムダ削減を図るため、原子力発電を含むエネルギー・地球温暖化対策事業や、2020年東京オリンピック・パラリンピック便乗事業など、8府省の計55事業<来年度予算案での概算要求総額13.6兆円>を点検・検証する「行政事業レビュー」を実施する。行政事業レビューを11月11~13日に実施し、その内容をインターネットで中継する。

エネルギー関連では、日本原子力研究開発機構の運営費交付金、所管するトラブルが相次ぎ運転停止中の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)や運用実績のないまま維持管理費がかさんでいる使用済み核燃料輸送船、石油の国家備蓄施設の管理委託費などを取り上げる。2020年東京オリンピック・パラリンピックに便乗した事業とみる文部科学省所管の日本スポーツ振興センター運営費交付金の必要経費(163億円)や、全国各地で文化プログラムを推進する文化庁のリーディングプロジェクト推進費(13億円)などだ。このほか、国際宇宙ステーションやスーパーコンピューターの後継機開発費も対象となっている。「検証結果を財務省の予算査定に反映させてほしい」(河野太郎・行政改革担当大臣)として、来年度予算案での縮減を求めていく方針だ。

 

 

【軽減税率の対象・財源をめぐって与党協議が平行線】

2017年4月に消費税率10%への引き上げに伴って負担緩和策として、飲食料品・生活必需品の消費税率を低く抑える「軽減税率」の導入をめぐっては、自民党と公明党が、27日に与党税制協議会・軽減税率制度検討委員会(座長:宮沢洋一・自民党税制調査会長)を開き、具体的な制度設計に向けた議論を再開させた。

与党協議では、消費税率引き上げ時に混乱なく軽減税率を導入するとの認識を共有したうえで、11月中旬にも大筋合意することをめざすことで一致した。また、事業者の事務負担軽減策として、まず公明党が提案している現行の帳簿や請求書に軽減税率の対象品目に印を付ける「簡易な経理方式」でスタートし、将来的には複数税率で事業者が品目ごとに税率・税額を明記する「インボイス方式」へ移行することも確認した。

 

 医療・介護や保育などの自己負担の合算額に上限を設定し上限を超えた分を国が給付する「総合合算制度」の実施を見送ることで捻出できる年4000億円程度を、軽減税率導入に伴う穴埋め財源とすることでは一致した。しかし、軽減税率の導入に伴う税収減をこの範囲内にとどめたい自民党・財務省と、「痛税感を緩和する意味では、幅ひろい品目を対象にすべき」であり、税制全体で穴埋め財源を捻出する方策を模索していく必要があると訴える公明党との主張の隔たりが改めて浮き彫りとなった。

自民党と財務省は、軽減税率の導入当初は、対象品目を精米(税収減400億円)などに絞り込み、残る3600億円分を住民税が課税されない低所得者への現金給付に充てる。次年度以降、段階的に生鮮食品(税収減約3400億円)まで対象をひろげていく案を想定している。これに対し、公明党は、対象品目を「酒を除く飲食料品(外食含む)」(税収減1.3兆円)や、「生鮮食品と加工食品」(税収減約1兆円)を主張している。これらの穴埋め財源として、総合合算制度の実施見送りに加え、軽減税率導入までの臨時措置として低所得者に現金を配る簡素な給付措置分をあわせた計約8000億円の財源案を示した。さらに、たばこ税増税などで上乗せして、1兆円分をめざす考えだ。

 

 29日と30日に開かれた与党協議でも対象品目と穴埋め財源について協議したが、自民党が、簡素な給付措置は軽減税率実施後に廃止すること前提とした措置で「安定財源にならない」うえ、社会保障制度の安定・充実と財政再建の両立をめざす社会保障・税の一体改革で増税分5%の税収をすべて社会保障分野に充てるとともに、一体改革の枠内で低所得者対策を行うことが基本で「社会保障と税の一体改革や財政再建のフレームを変えるような財源は使わない」(宮沢調査会長)として、4000億円程度からの上積みは事実上困難との認識を改めて示したため、両党の主張の隔たりは埋まらなかった。いまのところ、自民党も公明党も譲歩する姿勢をみせておらず、決着できる糸口を見出すには至っていない状況だ。

 

 2016年度税制改正のうち、軽減税率の制度設計の議論を優先して取り組んでいるため、ビール系飲料の酒税見直しや自動車関連税制などの税制改正協議は、いまのところ停滞したままだ。軽減税率の制度設計をめぐって与党協議が平行線をたどっているうえ、参院選を前に支持団体と衝突する恐れから税制改正論議を可能な限り先送りすべきとの意見が与党内で高まっていることもあり、関係団体との調整が難しい案件を中心に、税制改正を先送りとなる可能性も高まっている。

税制改正論議の主要焦点のうち法人実効税率(国・地方)については、政府がさらなる引き下げを行う方向で検討に入った。2016年度に32.11%から31.33%に引き下げることが決まっているが、経済再生や企業の国際競争力向上の観点から、穴埋め財源を捻出して30%台後半まで引き下げ幅を拡大することをめざしている。税収減の穴埋め財源をどのように確保し、政府目標の20%台への引き下げに向けた具体的道筋を同時に示すことができるかが今後の焦点となりそうだ。

 

 

【閉会中審査での議論に注目を】

 安倍総理は、臨時国会を召集するか否かについて「まだ何も決まっていない」としつつも、「1億総活躍の策定や経済、財政に万全を期すことが必要」「来月以降、国際社会にとって重要な会議が目白押しだ。来年度の予算編成も進めなければならない。こうした事情も考慮しながら最終的に決定したい」「要請されてから実際に召集するまでかなりの日程を要した例もあり、合理的な期間内に通常国会を召集した例もある」と慎重姿勢を示している。これに対し、野党側は、通常国会の前倒しよりも臨時国会を召集すべきだと主張し、政府・与党の臨時国会見送り方針を批判している。

 このようななか、野党が要求した閉会中審査が10日に衆議院予算委員会で、11日に参議院予算委員会でそれぞれ行われる予定だ。閉会中審査では、野党がどのような観点から政府側を問い質し、安倍総理はじめ関係閣僚からどのような答弁を引き出すのだろうか。閉会中審査でどのような議論が展開されるのかに注目しておきたい。
 

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