政策工房 Public Policy Review

霞が関と永田町でつくられる“政策”“法律”“予算”。 その裏側にどのような問題がひそみ、本当の論点とは何なのか―。 高橋洋一会長、原英史社長はじめとする株式会社政策工房スタッフが、 直面する政策課題のポイント、一般メディアが報じない政策の真相、 国会動向などについての解説レポートを配信中!

August 2014

【山本洋一・株式会社政策工房 客員研究員】


 先日、新聞の小さな記事が目にとまった。「自民、農山漁村体験後押し」という見出しのベタ記事で、自民党が子どもに就農体験させるための法律案を提出するというものだ。そんなこと、法律を作らなくてもできるはず。この記事には日本における議員立法の「現実」が表れている。

 

以下、引用

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825日付日本経済新聞

自民、農山漁村体験後押し 臨時国会で法案提出へ

 自民党は小中学生を対象に、地域の農山漁村での体験教育を後押しする法案を秋の臨時国会に提出する。子どもが地方で体験学習できる機会を増やすため、政府に推進会議を設置し、地方自治体の受け入れ体制を整備しやすくする。人口減少が進む地方と都市部の子どもの交流を増やす狙いがある。

 名称は子ども滞在型農山漁村体験教育推進法案で、議員提出法案とする。小中学生に約1週間地方に滞在してもらい、農業体験や、地方の文化に触れる授業をするよう自治体に促す。政府には文部科学相や農相を中心に基本計画をまとめるよう義務付ける。地方が宿泊施設や人材を確保するため予算を充てることも盛り込んだ。

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 日本の法律案の多くは政府、つまり各省庁が作る「内閣提出法案」(閣法)である。今年の通常国会では閣法が前国会からの継続案件も含めて81本提出され、そのうち79本が成立した。一方、国会議員が提出する議員立法は75本が提出され、そのうち21本しか成立していない。

 
 議員立法の成立率が低いのは、野党提出法案を多く含むからである。例えば共産党などが今国会に提出した「秘密保護法廃止法案」などは、提出者すらはじめから成立すると思って出していない。野党が自分たちの政策をアピールするために提出しただけのものである。

 
 しかし、与党が議員立法で提出する法案の中にも冒頭に挙げた「農山漁村体験後押し法案」のように、首をかしげたくなるようなものが数多くある。最近の国会で成立した議員提出法案を分析すると、おおむね次の3パターンに集約される。

 

  政治マター

・改正国民投票法

 憲法改正に向けた国民投票の「3つの宿題」の一部を解決

・改正公職選挙法 

 インターネットを使った選挙運動を解禁

・国会議員歳費・期末手当臨時特例法

 財政難と震災復興のため国会議員の給与とボーナスを一部カット

 

 一つ目は政治マター、つまり政治に関する問題を解決するための法案である。例えば昨年の通常国会ではネット選挙を解禁するための改正公選法が成立したが、これこそ政治マターの典型例。政府、つまり役人が選挙のあり方を決めたり、国会議員の給料を決めたりできないため、議員立法によって法律を作ったり、改正したりするのがこのパターンである。

 

  政府では取り組みにくいもの

・改正国民の祝日法

 2016年から811日を「山の日」として祝日に

・改正児童ポルノ禁止法

 児童ポルノ作品の単純所持を罰則化

・改正スポーツ振興投票実施法

 スポーツ振興くじ(toto)の対象を海外のサッカーに拡大

 

 二つ目は先ほどのパターンにも似ているが、政府が取り組むのにはふさわしくない案件である。例えばどこかの役所が特定の休日を作ったり、公営ギャンブルの一種とも言えるtotoの対象を拡大したりするのはふさわしくない。カジノ解禁に向けた統合型リゾート法案(IR法案)が議員立法で提出されたのも同じ理由だ。

 
 児童ポルノ禁止法のように国民の間で議論の分かれる問題について、政治家の力を借りて改正するというのもこのパターン。ほかにも他省庁にまたがる政策課題だったり、省庁間で意見が対立していたりする案件を推進するため、議員立法という形を使って法改正を進めることもある。

 

  政党・政治家のアピール

・養豚農業振興法

  養豚農業の振興を図るため、農林水産大臣による基本方針の策定について定め、豚肉の生産の促進及び消費の拡大等の措置を講じる

・子どもの貧困対策推進法

 子どもの貧困対策の基本理念や国等の責務を定め、対策を総合的に推進

・国土強靭化基本法

 強靭な国づくりを総合的かつ計画的に推進するため基本理念や国等の責務、基本方針、本部の設置等について定める

 

 三つめが冒頭で挙げた「農山漁村体験後押し法案」のパターンだが、政党や政治家が「この問題に取り組んでいる」とアピールするために法律を作るものである。例えば前回取り上げた「国土強靭化計画」を巡り、自民党は政権奪還後に議員立法で法律を提出し、成立させた。

 
 中身には具体的なことが書いてあるわけではない。政府がこの問題にしっかり取り組むよう、基本方針の策定や本部の設置等を促しているだけである。しかし、政府・役人は「法律に弱い」。実際に政府はこの法律を踏まえて内閣官房に国土強靭化推進本部を作り、実績作りを急いでいる。

 
 今年の通常国会で成立した法律の中には「養豚農業推進法」や「花き振興法」というものもあるが、これも典型的な政治家のアピール法案だ。これらはパターン化されており、いずれも政府に基本計画の策定を義務付け、業界の振興策を推進するよう促すのが特徴である。

 
 特定の業界を後押しする法律の裏には業界団体の存在がある。法案作成の中心を担うのはこうした業界から支援を受けている議員。典型的な「しがらみ法案」である。各種の業界団体は政治献金や選挙応援を通じて「子飼い議員」を作っておき、こうした法律の作成時に利用するのである。

 

 
 成立した議員立法の一覧を見ていると、三つ目のパターンが際立って多いのが日本の議員立法の問題点だ。米国のように、重要な政策課題ほど議員が中心となって法整備に取り組むというのとは雲泥の差がある。背景には国会議員の能力の差だけでなく、スタッフ力の違いもある。

 
 日本の公設秘書は3人。私設秘書を雇うこともできるが、よほどの余裕がない限り、票にならない立法活動に人手は割かない。国会に隣接する議員会館に置く秘書の数は多くても5人ほど。政党の政策担当スタッフも少なく、この体制で十分な立法活動などできるはずがない。

 
 米国の下院では常勤18人、非常勤4人まで秘書を雇うことができ、実際に平均で17人ほどの秘書を抱えている。上院には上限がなく、議員あたりの平均は43人超。あまりにも差が大きい。

 
 議員を一人減らせば数十人分のスタッフの人件費が捻出できる。議員定数の削減とスタッフの拡充に同時に取り組まなければ、法律の質の向上は見込めない。

原英史・株式会社政策工房 代表取締役社長】 

 9月第一週の内閣改造を控え、入閣予想の話題が多いが、それ以上に重要なのは、改造内閣でどういった政策課題に取り組むのかだ。

 

 安倍首相は、集団的自衛権の法制化は通常国会に先送り、秋は再び経済に軸足をおく・・ということのようだが、具体的な方向はまだ見えていない。

 経済政策の課題は山積だ。6月の成長戦略改訂では、法人税引下げ、GPIF改革、農協改革などの方針を示し、マスコミではかなり高く評価された。たしかに、昨年の成長戦略と比べれば、具体論に踏み込む内容だったが、とはいえ、例えば、法人税引下げひとつとっても、具体的な税率はこれから。農協改革なども具体的な内容は今後に委ねられており、また、農業改革の課題の中の一部に手をつけたに過ぎない。例えば、従来からの課題である、企業の農業参入(農業生産法人の所有要件)などにはまだ十分に手がついていない。つまり、6月の成長戦略改訂は、示された個々の具体策の熟度の面でも包括性の面でも、まだこれからであり、今回の勢いで更に取組を深化・拡大していけるかどうか・・という段階だ。

 

 他方で、政府からは、「秋の最重要課題は地方創生」という声も聞こえる。もちろん、アベノミクスの成果を地方経済に広げていくことが重要だが、このさき春の統一地方選に向けて、「地方創生」の名のもと、規制改革・税制改革などの難題は一段落として、旧来型の予算バラマキ型の政策に戻っていくようなおそれも否めない。

 

 以下では、秋以降に取り組むべき経済政策の課題リストをあげてみる。

 

1、税制

・消費税(10%への引上げ)の扱い

・法人税引下げの税率

・その他(寄付税制の拡大、女性活用、資産課税ほか)

 

2、規制改革

・雇用、外国人

・農業、林業、漁業

・医療、介護、保育

・教育

・インフラ(交通、水道、エネルギーほか)

・IT

・IR

 

3、企業関連制度など

・コーポレートガバナンスの強化(株式持ち合い規制など)

・GPIF改革

・倒産法制の見直し

・金融監督行政の見直し

・中小企業支援行政の見直し など

 

4、インフラの有効活用、官業等の民間開放

・空港、道路、水道

・公設民営学校

・国有林、漁業権、電波 など

 

5、エネルギー政策

・電力改革、ガス改革

・原発を含むエネルギー戦略の再構築

 

6、社会保障改革

・医療・介護・保育の効率的供給(規制改革と重複)

・持続可能な給付への見直し

 

7、国家戦略特区、地方分権

・以上の課題に取り組むうえで、地域を限った実験(国家戦略特区)

・その延長で、地方への権限・財源移譲 


 9月2日の自民党役員人事、3日の内閣改造に向け、政府・自民党内の動きがより活発となっている。自民党は、閣僚経験のない当選5回以下の所属議員(衆議院)を対象に、副大臣・政務官や国会の委員長、部会長など党役員などの役職希望についての聞き取り調査を今週中に実施する。参議院自民党は、候補者リストを幹事長室でまとめた。これらの結果にもとづいて、新閣僚が副大臣や政務官を4~5日に人選するようだ。

 

焦点となっている石破幹事長の処遇をめぐっては、今週中にも安倍総理と石破幹事長が会談するという。

安倍総理は、幹事長交代と新設する安全保障法制担当大臣への就任を石破氏に正式要請する意向だ。集団的自衛権行使の限定容認を含む安全保障関連法案を来年の通常国会に提出する予定で、その国会審議を乗り切るためにも、安全保障政策に詳しく答弁が安定している石破氏の協力が不可欠としている。

また、来年9月の任期満了に伴う自民党総裁選での再選をにらんで、石破氏を党の人事や資金の配分などに大きな権限を持つ幹事長職から外して、影響力を削いでおきたいとの思惑もある。安倍総理は、石破幹事長が安全保障法制担当大臣への就任要請を断った場合、他の閣僚ポストや党役員への起用を見送る考えだ。

 

一方、石破幹事長は、安全保障政策で安倍総理の考え方と相違があることなどを理由に、担当大臣の就任要請を固辞する意向だ。石破氏とその周辺は、幹事長留任を望んでいる。

石破幹事長は、自民党が2012年の衆院選公約に掲げた「国家安全保障基本法案」を制定して集団的自衛権の行使を包括的に容認したうえで、自衛隊の行動を規定し行使判断について国会が最終責任を持つべきとの持論を持っている。基本法案制定に消極的で、現行の個別法改正で進めようとする安倍総理と見解の隔たりがあり、7月の閣議決定にも不満をにじませる発言を行っているという。

また、集団的自衛権の行使容認をめぐる法案審議で国会答弁の責任者となる担当大臣に就任することで、野党や世論の批判の矢面に立つことになれば、石破氏のイメージダウンにもつながりかねない。石破幹事長は総裁選に出馬する意向で、安倍総理と距離を置いて自由な立場で動いた方が得策だと判断しているようだ。

 

 安倍総理は、石破幹事長との会談で説得したい考えだ。石破幹事長も「首相からきちんと話を聞いてからだ」とも語っており、慎重に判断する姿勢をみせている。ただ、会談で両者が折り合うことができなければ、石破氏が無役となる可能性もあるようだ。一定の支持を集めている石破氏が安倍内閣と距離を置くことになれば、政権基盤や党の結束にも影響が及びかねない。会談を受けて人事構想に変更が生じるかも含め、安倍総理が石破氏をどうのように処遇するかが注目ポイントとなりそうだ。

 

 

 急激な人口減少と超高齢化、地方経済の低迷などの課題に対応するため、省庁横断的に地域振興策を策定する「まち・ひと・しごと創生本部」(本部長:安倍総理、副本部長:官房長官、地方創生担当大臣)の立ち上げに向け、有識者から直接意見を聴く懇談会を26日と27日に開催する予定だ。

地方重視の姿勢を打ち出したい安倍総理は、9月3日の内閣改造で地方創生担当大臣を総務大臣や官房長官が兼務ではなく、単独ポストとして新設し、担当大臣任命後には速やかに創生本部を発足・始動させたい考えだ。政府は、担当大臣任命・創生本部発足後、直ちに本格的な作業に着手できるよう準備を進めるねらいから、有識者ヒアリングを実施するという。

 

 

 今月末には来年度予算に係る概算要求が締め切られる。来年10月の消費税率10%への引き上げについての判断が今年末に控えており、法人実効税率引き下げの詳細も決まっていないため、税収見通しが立たず、来年度の歳出上限額は設けられていない。高齢化で社会保障費が膨らむほか、成長戦略や地方創生などで要求額を積み増していることから、各省庁の要求総額(一般会計)が100兆円を突破する見通しだ。

 内閣改造後、予算編成作業が本格化する。各府省別の概算要求内容、とりわけ地方活性化などの成長戦略に重点配分する「新しい日本のための優先課題推進枠」(上限3.9兆円)にどのような要求・要望を出すだろうか。来年度予算がメリハリのついたものとなるかを見極めるためにも、まずは各府省の要求・要望内容について確認しておくことが大切だろう。

【山本洋一・株式会社政策工房 客員研究員】

 産・学・官・民でレジリエンス社会の構築へ――。22日付日本経済新聞に、こんな全面広告が掲載された。レジリエンスとは聞き慣れない言葉だが、実は自公政権の掲げる「国土強靭化」のこと。評判が悪かった名称を一新し、官民を挙げて公共事業予算の積み増しを目指しているようだ。
 
 広告は一般社団法人「レジリエンスジャパン推進協議会」が設立され、都内で設立披露式典を開催したことを紹介。太田昭宏国土交通相や古屋圭司国土強靭化担当相らの挨拶を載せ、災害に強い国づくりの必要性を強調している。
 
 レジリエンスは英語で「弾力」や「回復力」、「強靭さ」を表す言葉。自民党の提唱した「国土強靭化計画」が公共事業のバラマキ批判を招いたので、印象を変えるために横文字を持ち出した。政府の関連サイトもいつのまにか「国土強靭化」がことごとく「レジリエンス」に置き換えられている。
 
 国民の生命や財産を守るために災害対策が必要なのは言うまでもない。公共施設の老朽化が進み、更新投資がこれから膨らんでいくのも確かだ。しかし、国土強靭化計画は災害対策を名目にしつつ、実際には公共事業予算の増額を目的としているところに問題がある。
 
 自民党の調査会はかつて「10年間で総額200兆円規模のインフラ投資が必要」と提唱。「金額ありき」であることを露呈させた。国土強靭化の推進を叫ぶ議員の多くは公共事業の関連業界から支援を受ける族議員。国民の多くはそこに「利権の匂い」を嗅ぎ取った。
 
 財政再建との両立も不透明だ。日本は総額1000兆円、GDPの2倍という巨額の債務を抱える借金大国。社会保障費の膨張も続く中、財源の確保は困難な課題である。公共工事を増やすには他の予算を諦める必要があるが、国土強靭化をうたう議員の口から具体策は聞かれない。
 
 国土強靭化を理論武装するブレーンには「財政出動による景気回復」を主張する学者が名を連ね、国の借金は増えても問題ないと強調する。しかし、財政出動の効果は低下しており、新たな借金は次世代への負担の先送りにつながる。財政再建に取り組む安倍政権の方針とも矛盾する。
 
 災害対策の強化には単なる公共工事予算の積み増しではなく、インフラ投資の取捨選択と、ソフト面の対策の充実こそが重要だ。39人が犠牲となった広島市の土砂災害でも、警戒区域指定が未指定だったことや、自治体による避難勧告の遅れが被害の拡大を招いたと指摘されている。
 
 全国くまなく公共事業をばらまくのではなく、専門家の知恵を動員して本当に危険な地域をピックアップし、重点的に予算を配分して対策を促す。全国の事例を踏まえ、自治体が迅速に、正確に避難を指示できるよう指針を常に見直す。そうした取り組みこそ国に求められている役割だろう。
 
 来年度予算案の編成がこれから本格化する。国会議員は予算の分捕り合戦を競うのではなく、いかに少ない予算で政策効果を高められるか、知恵を絞るべきだ。レジリエンス協議会も国会議員の分捕り合戦を後押しする、ただの圧力団体で終わらないことを願う。

高橋洋一・株式会社政策工房 代表取締役会長】 

 今でこそ、財務省は増税一点張りであるが、筆者がいたころはそうでもなかった。もちろん財政再建を主張していたが、その手段としては経済成長であった。
 
 ネット検索していたら、たまたま、藤井真理子氏「英国における国債管理政策の変遷:1694-1970」( http://www.jsri.or.jp/publish/research/45/45_04.html )を見つけた。このオリジナルは、30年前に、私が係長時代に元財務省キャリア官僚の藤井氏と共同で書いた財務省(当時は大蔵省)の内部資料である。 藤井真理子氏は今では増税論者であるが、財務省資料ではちょっと異なり、英国の財政再建で「経済の成長や国富の増大を背景とした税の自然増収等を基本的な要因とする」と書かれている。当時、財務省幹部のところで、説明し、やはり財政再建は経済成長しかないないという結論だった。
 
 たまたま当時の原稿が私の手元にあった。150ページの大部であるが、その要約部分を以下に掲載しておこう。
 

英国における公債の歴史
 
1.本報告は、英国における公債の歴史を、大きくニつの時期-第一期:1950年代までと第二期:同以降-に分けて概観し、同国における公債負担軽減のために実施された方策および軽減の要因を論じたものである。英国の公債の歴史は17C半ばにまでさかのぼることができるが、戦費調達のための公債が中心であった第二次世界大戦期までの時期と1972年度以降の財政不均衡を背景とした大量発行期とでは、異った展開を示している。
 
 
2.第二次大戦期までの公債は、主に戦費を賄う目的で発行されてきた。従って、平時においては、国庫収支は ほぼ均衛ないしは若干の黒字が常であり、特に第一次大戦前では戦争によって膨張した歳出規模も戦後には 縮小することで財政不均衛が回避されている。こうした背景には、「夜警国家」的な財政観があつたと言えよ  う。

 19C末から20C初頭にかけては、歳出費目も多様化の兆しをみせ、教育、社会保障など社会サービスが増大を はじめ、特に第一次・第二次大戦後に伸びを高めた。このため財政規模は戦前の水準にまで戻らずにピーコ ック・ワイズマンにより「転位効果」とよぱれている現象がみられた。しかしながら両大戦後の時期においては、 1)歳入面で戦時中の増税による高負構造が維持されたこと、2)歳出面では国防費の減少がみられたこと等か ら、こうした社会サービスの拡大も財政赤字には結びつかなかった。したがって、20Cに入っても1970年代以前 までは平時の財政は総じて均衛しており、公債増加の原因は、19C末のボーア戦争および両世界大戦のため の戦費調達に求められる。
 
3.第一次世界大戦までの政府債務残高の推移をみると、まず18Cから19C初頭に至るまでの期間は数次にわ  たる戦争により公債残高は増加を示し、フランス革命・ナポレオン戦争(1795-1815年)後の1818年度末に   は、8億4,400万ポンド(対国民所得比2.9程度)の水準に達した。しかしその後19 C後半にかけて債務残高は減 少を続け、1898年度末に6億3,500万ポンド(対国民所得比0.39)となったが、20Cに入って二度の世界大戦を経 験する中で再び債務残高の著増がみられた。その結果、1922年度末の債務残高は78億1,300万ボンド(対国  民所得比2.03)となり、第二次大戦後の1946年度末残高は257億7,100万ポンド(対GNP比2.55)にまで高まっ  た。

 以上のような推移の中で、19C後半(いわゆる英国の黄金時代)は長期にわたって債務残高の減少がみられ  た唯一の時期として特記されるが、この時期は、経済の成長・国富の増大を背景とした1)税の自然増収、2)植 民地からの財政寄与、があったほか、3)減債基金、有期年金(元本の一部が毎年償還されていく形式の国   債)を通じた規則的な償還の仕組み、も寄与して、ゆるやかながらも順調な債務残高減少が可能とされた。な お、減債基金に関しては、その他の時期においても、いくつかの試みがなされたが(1716-1788:ウォルポール 減債基金、1786-1828:ピッ卜減債基金)、充分な成果をあげるには至らなかった。
 
 政府債務残高をその対国民所得比でみると、19Cを通して順調に低下が続いたが、その主たる要因は残局の 減少もさることながら経済成長が高かったことに求めることができる。
 
4.第二次大戦後においては、社会保障の確立・完全雇用達成を意図した財政の積極活用が行なわれることと なったが、一方で戦時増税による高負担構造が定着したことから、画線上予算の均衡が維持され、国有化産 業等への貸付を主因とする公債増はあったものの、1946年度末から1971年度末に至る債務残高の伸びは、  年平均1.6%とゆるやかなものにとどまった。またこの間、債務残高の対GNP比は、経済成長率が比較的高か ったことにより、2.55から0.62へと大幅に低下した。
 
5.1970年代に入って、英国国債史上、新しい局面が展開した。すなわち1972年度以降は、第二次大戦後長らく 維持されてきた画線上収支の均衡が破られ、イギリスも世界的不況の中で多額の財政赤字を抱えるに至って いる。こうした状況に至った背景としては、1)景気刺激のために行なわれた1971年度から75年度までの減税  政策、2)労働党政権下の1974、75年度にみられた社会保障費を中心とする大幅な歳出の伸び、3)国有化産 業に対する貸付増、などがあげられる。

 1970年代後半においては、財政収支改善のための歳出削減が行なわれ、特に79年サッチャー政権の登場以 降も財政不均衡の解消を目指した緊縮型の予算が組まれているが、赤字体質を転換するには至らず、なお大 量の公債発行がつづいている。このため政府債務残高は1971年度末の358億3,990万ポンドから1980年度末 には1130億3,600万ポンドへと年率13.6%の伸びを示した。

 しかし、対GNP比は0.62(71年度末)から0.50(80年度末)へと低下している。(これは経済成長というよりもインフ レーションによつて名目成長率が高かつたことによる。)
 
6.借換政策については、第二次大戦前では、債務の大部分が永久債であつたところから財政負担軽減のため に「低利借換」が重要な政策として位置づけられていた。また、戦時にいては、短期債での資金調達が多かつ たため、戦争終了後は満期構成の長期化を図るために「長期借換」がしばしば行なわれた。しかしながら戦後 の公債管理の基本的な考え方は、従来の「低利・長期借換指向」(利払い費の負拉軽減、期間構成の長期化) から、「内外投資家に対して、公債への投資意欲を最大にさせるような市場の維持」という点に重点が変化して きているようである。 
 

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