【原 英史・株式会社政策工房代表取締役社長】 

 
 

 通常国会は、6月に入ってから大荒れ模様となりました。

 

 まずは、日本年金機構の125万件の個人情報流出問題。与野党間で争点となっている重要法案が山積の厚生労働委員会は、この問題一色となり、労働者派遣法改正はじめ、法案審議の見通しは不透明になりました。

 

 そして、さらに強烈だったのが、6月4日の衆議院憲法審査会で、参考人の憲法学者3名がそろって、審議中の安全保障関連法案につき「違憲」と発言した問題です。

 

 言うまでもなく、憲法に違反する法律を作ることができないのは大原則ですから、法案審議に重大な影響を与えることになりました。

 

 ただ、ここで、憲法9条という条文の特殊性は踏まえておく必要があると思います。

 

 憲法9条を巡っては、一般的な法解釈学の世界とは別次元で、政策の現場でリアルな憲法解釈論が組み立てられてきた歴史があります。

 

 そもそも、憲法9条は、条文だけをみれば、「戦力」と「交戦権」を認めないというのですから、集団的自衛権どころか、自衛隊の存在そのものに疑いがあります。

実際、憲法学の通説では、近年に至るまで、自衛隊は警察力を超える実力保持にあたるので違憲、とされてきました。

  

 一方、現実の規範となってきたのは、これとは別に、政策現場で作られてきた憲法解釈論です。

 政府は、戦後直後は、通説的見解に近い解釈(「戦力」=「近代的戦争を遂行する能力」)をとっていましたが、国際情勢の変化から、1954年に「自衛隊」を設け、「自衛のための必要最小限度」の実力は認められるという憲法解釈が確立されました。

 ただ、自衛権の行使には厳密な要件を課し、「わが国への武力攻撃」その他の3要件が憲法上求められるとしてきました。

 

 リアルな憲法解釈は、条文の字句解釈というよりは、「国際情勢の中で、どれだけの実力を保持し、どのような活動を認め、どのような制約を課すべきか」という情勢判断・政策判断と表裏一体で形作られてきたわけです。

 

 その後、湾岸戦争以降に自衛隊の海外派遣がさまざまな制約のもとで認められ、周辺事態法で米軍への後方支援ができるようになり、イラク特措法で「非戦闘地域」という概念が導入されました。

いずれにおいても、情勢・政策判断と表裏一体で、憲法上ギリギリ認められる範囲が確定され、法制度が作られてきました。

 

 こうした憲法解釈のあり方にはもちろん賛否あるでしょうが、こちらが現実の規範として機能してきたことは疑う余地がありません。

 

 そして、リアルな憲法解釈を作ってきたのは、誰でしょうか。

 内閣法制局を中心とした政府が勝手に作ってきた、と捉えられることも多いですが、決してそうではありません。

 リアルな憲法解釈が作り上げられた主要な場は、国会です。

 過去の安全保障関連の法案審議などでは、長時間にわたって野党からの厳しい追及がなされ、しばしば修正協議の対象ともなりました。その中で、国会質問に対する答弁などの形をとって、憲法解釈が積み上げられてきたのです。

 そうした意味で、憲法9条の解釈は、政府関係者と、与野党を超えた国会議員たちが作り上げてきたといってもよいでしょう。「合作」のような言い方をすると、結論に反対の立場をとってきた野党の方々には怒られてしまうかもしれませんが、彼らの厳しい質問があったからこそ、精緻で厳格な憲法解釈ができあがったことは否めません。

 

 こうした歴史を踏まえるに、今回、野党から「憲法学者が違憲と言っているので、法案撤回すべき」といった声があがっていることには、違和感があります。

これまで憲法9条のリアルな解釈を作り上げてきたのは、憲法学者ではなく、政策の現場のプロたち(国会議員、政府関係者)です。

 ここにきて憲法学者の名を必要以上に振りかざすようなことはせず、国会の場で自ら、「国際情勢の中で、自衛隊にどのような活動を認めるべきか、どのような制約を課すべきか」という議論をしっかりと行なってほしいと思います。

 

 なお、誤解のないよう申し上げれば、憲法学者の方々の意見がとるに足らないといっているわけでは全くありません。

 6月4日の憲法審査会に出席された3人の憲法学者の方々は、自衛隊違憲論のような条文解釈論を言われたわけではなく、リアルな憲法解釈を前提として「違憲」との主張をされています。これは、国会審議の中でも、大いに耳を傾け参考にすべきです。

 ただ、情勢判断や政策判断と表裏一体での憲法解釈を責任もって議論すべき立場にあるのは、憲法学者以上に政治家たちのはずです。

 

 5月末にスタートした衆議院平和安全特別委員会の法案審議では、こうした観点で、よい議論がなされつつあります。

 例えば、江田賢司議員(維新の党)が「立法事実」(改正が必要な理由)などを明快に問いただした質問(5月28日)、飲酒事件でみそをつけてしまいましたが後藤祐一議員(民主党)が集団的自衛権を発動するケースが広がる可能性を問いただした質問(同)など、聞いていて大変参考になるものでした。

 また、志位和夫議員はじめ共産党の方々からは、「武力行使」との関係などの論点を精緻に詰めていく質疑がなされています。

 

 ぜひ引き続き、こうした議論を国会の場で積み重ねていってほしいと期待しています。