高橋洋一・株式会社政策工房 代表取締役会長】 

 「市場と権力」(佐々木実・著)という本の中で、私の著作が引用されているというので読んでみた。本の宣伝文に、45回大宅壮一ノンフィクション賞と第12回新潮ドキュメント賞をダブル受賞”、”8年におよぶ丹念な取材からあぶり出された事実から描ききった、渾身のノンフィクション”とか書かれていた。

 結論をいえば、ノンフィクションの賞を取ったにしては、フィクションだ。私の著作「さらば財務省」を引用していたが、著者のストーリーに都合のいいところだけのつまみ食いだ。郵政民営化の制度設定をした私が書いた、4分社化の理由の引用のところで、マッキンゼー社が関与したかのように引用されているが、会社ではなく個人の考えであることは、私の著作をみればわかる。

 さらに、驚いたのは、冒頭の本の中で、著者が郵政民営化の理由があいまいでデタラメだと強調しているところだ。この部分は、引用されている「さらば財務省」に詳しく書かれている。一言で言えば、1990年代後半に行われた財投改革で、郵貯は民営化せざるを得なくなったのだ。

 その改革で郵貯から大蔵省への資金提供は預託から財投債に変更される。預託は政府内取引でその金利は郵政省と大蔵省のネゴで決まる。一方、財投債は市場を経由するので金利は市場金利だ。それまで、郵貯は預託金利を市場金利より高くすることで、政府内から「ミルク補給」を受けていて、それで存続することができた。その「ミルク補給」の原資は、各特殊法人につぎ込まれる補助金である。財投改革で、それを断ち切ったので、郵貯は放置しておけば、いずれ経営がたち行かなくなる。国営のままであれば、最低金利の国債運用で運用せざるを得ないが、それでは金融機関経営などできるわけないからだこうしたことは「さらば財務省」に書いてある。「小泉首相がいなくても、郵貯は民営化せざるをえなかった」と。ところが、冒頭の本では、その部分はまったく引用されず、著者の思い込みの違う話になっている。日本のジャーナリストのクオリティが知れる本だ。

 このように、著者のストーリーに不都合な話は、引用文献に書いてあっても無視するのは、日本のジャーナリストの間でよく見られる手法だ。その根本的な問題は、ジャーナリストに政策を見る能力がないからだ。典型的な著者のストーリー本なので、この意味でフィクションということだ。この手法がまだ「ジャーナリスト」で通用するのが不思議なところだ。

 なぜ、こんな重大なところを見落とすのだろうか。それは、主人公の竹中平蔵氏への取材を行っていないからだ。私のところにも来た記憶はない。

 本の宣伝文に”8年におよぶ丹念な取材”とあるので、笑ってしまった。8年の間、多くもない書物を読んで、取材したら自分に不都合な人を選別していただけだろう。”丹念な取材”とは誇大広告だ。

 日本のジャーナリストのお里が知れる話だが、週刊文春7月16日号が、日銀幹部が「役人批判本」を万引きしたという記事があった日銀幹部のほうはきちんと取材していたが、本は取材不足だった。本は原英史氏の「日本人を縛りつける役人の掟」だ。読めばわかるが、規制緩和の重要性を説いた本で、「役人批判本」ではない。ちょっと取材すれば、簡単にわかることだ。