【労働者派遣法改正案が衆議院通過】

先週、安倍内閣が重要課題と位置付ける「地方創生」や「電力自由化」の関連法などが成立したほか、与野党が激しく対立してきた「労働者派遣法改正案」も衆議院を通過し、参議院に送付された。

東京一極集中の是正を含む地方創生を推進するため、本社機能の地方移転などを促す税制優遇や、人口減少が著しい中山間地などで生活・福祉関連サービスを集約させる地域再生拠点づくりを支援する制度の創設などを柱とする「地域再生法の一部を改正する法律」と、農地転用許可など国から自治体への権限移譲を推進する「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」(第5次地方分権一括法)が、19日の参議院本会議で与野党の賛成多数により可決・成立した。政府は、着実な地域活性化につなげるべく、都道府県や市町村の取り組みを積極的に支援していく方針だ。


*衆参両院の本会議や委員会での審議模様は、以下のページからご覧になれます。

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また、法的分離による送配電部門などの中立性確保や小売料金の規制撤廃、2017年をメドに都市ガスの小売り全面自由化、電力・ガス・熱の取引監視を行う電力・ガス取引監視等委員会の設置など柱に、エネルギー分野の一体的なシステム改革を実施する「電気事業法等改正案」は、17日の参議院本会議で与党などの賛成多数により可決・成立した。

政府は、地域ごとに独占的に事業を行ってきた大手電力会社から送配電事業を切り離して別会社化する「発送電分離」を2020年4月に実施することをもって、東日本大震災後に進めてきた電力システム改革の総仕上げ(第3弾)と位置付けている。今後は、新規参入会社が大手電力と平等条件で送配電網を利用できるかなどの健全な競争環境の整備、電気・ガス料金の抑制と透明化などが図られるかが焦点となっていくだろう。

 

派遣労働者の柔軟な働き方を認めることを目的に、企業の派遣受け入れ期間の最長3年という上限規制を撤廃(一部の専門業務を除く)する一方、派遣労働者一人ひとりの派遣期間の上限は原則3年に制限して、派遣会社に3年経過した後に派遣先での直接雇用の依頼や、新たな派遣先の提供などの雇用安定措置を義務づける「労働者派遣法改正案」をめぐっては、19日の衆議院厚生労働委員会で採決されることとなった。

安倍総理出席のもと補充的な質疑を行ったうえで、与党の賛成多数により可決した。また、同じ職務を行う労働者は正規・非正規にかかわらず同じ賃金を支払う「同一労働・同一賃金推進法案」も修正のうえ、与党と維新の党の賛成多数により可決された。その後、両法案は衆議院本会議に緊急上程され、与党の賛成多数により可決した。

一方、「生涯派遣で低賃金の労働者が増える」「派遣の固定化、不安定化につながる」などを理由に廃案をめざしてきた民主党や共産党、社民党などは、渡辺・厚生労働委員長(自民党)が職権で緊急上程を決め、採決を強行したとして厳しく批判した。ただ、衆議院本会議での採決にあたっての対応は分かれた。改悪だと批判してきた共産党は採決で反対票を投じたが、民主党や社民党などは採決に入る直前に途中退席し、抗議集会を開催した。維新の党は、推進法案には賛成したが、改正案は「問題がある」として採決で反対した。

 

与党は、通常国会の会期を延長後、参議院の委員会審議を経て改正案と推進法案を成立させる方針で、両法案とも通常国会中に成立する見通しだ。ただ、野党側は、日本年金機構がサイバー攻撃で約125万件の個人情報が流出した問題の真相究明を優先すべきと主張している。また、衆議院厚生労働委員会では、柔軟な働き方を広げて労働生産性を高めるねらいから高度プロフェッショナル制度創設や企画業務型裁量労働制の対象を新商品開発・立案や課題解決型営業などへの拡大、年5日の有給休暇の取得ができるよう企業に義務づける過労対策などを柱とする「労働基準法等の一部を改正する法律案」の審議入りが控えている。民主党や共産党などは「残業代ゼロ法案」と位置付けて成立阻止に全力を挙げる方針で、今後も与野党攻防が繰りひろげられていくことになりそうだ。

 

 このほか、全国農業協同組合中央会(JA全中)の中央会制度を廃止や地域農協の経営状態などを監査してきた監査・指導権限を撤廃し、法施行から3年半後にはJA全中を特別認可法人から一般社団法人に完全移行することなどを柱とする「農業協同組合法等の一部を改正する等の法律案」について、16日、与党が維新の党が「農協に自主的な改革を促す」などの内容を盛り込む修正を行ったうえで、17日の衆議院農林水産委員会で採決することで大筋合意した。

ところが、与党・維新の党ペースで進むことを警戒した民主党が17日の衆議院農林水産委員会理事会で修正案の追加審議を求めたことにより、自民党は、改正案の修正ではなく、付帯決議で修正する意向を維新の党に打診した。維新の党は、約束を反故されたと強く反発し、17日の国会審議を全面的に拒否する事態となった。このことから、与党・維新の党による協議で、維新の党の主張を尊重して改正案を修正することで決着がついた。与党は、衆議院農林水産委員会で安倍総理出席のもと質疑が行ったうえで、早期の委員会採決にこぎつけたいとしている。

 

 

【安全保障関連法案をめぐる憲法論争が最大焦点に】

政府が提出した「平和安全法制整備法案」と「国際平和支援法」の安全保障関連2法案をめぐる憲法論争が続いている。17日に行われた民主党の岡田代表、維新の党の松野代表、共産党の志位委員長が安倍総理・自民党総裁に論戦を挑む党首討論でも、中心的な議論となった。違憲との批判に、安倍総理は、日本の存立を守るために必要な自衛措置を認めた1959年の砂川事件最高裁判決に言及して、「憲法の範囲内にあるからこそ法律として提出している。解釈変更の正当性、合法性には完全に確信を持っている」と反論した。また、集団的自衛権の行使容認が憲法上許されないとする1972年の政府見解について「あの段階の国際状況では必要最小限度を超えると考えた」としたうえで、「必要な自衛措置がどこまで含まれるか、常に国際状況を見ながら判断しなければならない」と、安全保障環境の変化を踏まえて集団的自衛権行使の原点容認に踏み切った正当性を強調した。

これに対し、岡田代表は「何が憲法に合致し、何が違反するかが法律で決められていない。時の内閣に武力行使の判断を丸投げしている」「武力行使の判断を政府に白紙委任している。そんな国はどこにもない」「歴代内閣が認めなかったことを閣議決定で決めた。首相のやったことは罪が重い」などと厳しく批判した。また、民主党が領域警備法や周辺事態法の充実を提案しており、周辺有事への対応に「集団的自衛権はいらない」と反論した。

 共産党の志位委員長は、自衛隊による米軍など他国軍への後方支援に関し「兵站は武力行使と一体不可分で、軍事目標とされるのは世界と軍事の常識だ。武力行使と一体でない後方支援という議論は世界で通用しない」と、憲法が禁じる武力行使の一体化にあたると主張した。これに対し、安倍総理は「兵站は極めて重要だ。大切な物資を届けるからこそ、安全な場所で相手に渡す。これがいまや常識だ」と反論した。

 

18日の衆議院予算委員会で行われた年金・安全保障をテーマとする集中審議でも、安倍総理は、核ミサイル開発を進める北朝鮮を念頭に「我が国近隣にたくさんの弾道ミサイルを持ち、大量破壊兵器、核兵器を載せる能力を開発している」など日本周辺の安全保障環境が悪化している現状を示したうえで、「日本は迎撃するミサイル防衛能力を持ったが、これを使うには日米の協力が必要だ。国際情勢に目をつぶって、従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任の放棄」「大きく状況が変わる中で必要な自衛の措置とは何か。国民の安全を守るために突き詰めて考える責任がある」と、憲法の解釈変更は妥当と改めて強調した。また、憲法解釈による過剰な制約や法制上の未整備などが自衛隊に無理な運用を強いてきたことを念頭に「自衛隊員に必要以上に負荷をかけたり、判断をさせたりしてはならない。立法府や行政が考えなければならない問題」とも指摘した。

これに対し民主党は、2002年6月6日の衆議院憲法調査会で自民党の高村副総裁が「現実の問題としてそういう解釈を政府は取ってこなかった。必要だからパッと変えてしまうのは問題がある」「集団的自衛権を認めるような形で、国民的議論のもとで憲法改正をしていくのが本筋」と、憲法の解釈変更を問題視する発言を取り上げて追及を強めた。民主党の玉木雄一郎・衆議院議員は、高村副総裁が行った過去の発言について「限定された集団的自衛権が必要というなかで、解釈改憲は法的安定性や権力を拘束するという原則から問題があると言っていた。極めて正論だ」と評価し、関連法案の違憲性を強調した。

 

 

22日の衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会では、参考人質疑を行い、元内閣法制局長官2人を含む有識者5人への意見聴取がなされた。西修・駒澤大学名誉教授(自民党推薦)と森本敏・元防衛大臣(公明党推薦)が理解を示した一方、阪田雅裕・元内閣法制局長官(維新の党推薦)は慎重論を、野党が推薦した宮崎礼壹・元内閣法制局長官と小林節・慶應義塾大学名誉教授は憲法違反と断じて廃案を求めた。

阪田元長官は「従来の政府解釈と、集団的自衛権の行使を整合させようとする政府の姿勢には一定の評価ができる。論理的に全く整合しないものではない」と一定の理解を示しつつも、1972年の政府見解の基本的論理を変更するもので「憲法を順守すべき政府自ら憲法の縛りを緩くなるように解釈を変えるということ」との認識を示した。また、武力行使の新要件について「解釈の余地が残る表現はやめ、すっきりした表現に改めてもらいたい」と法案修正を要求した。政府が想定する中東・ホルムズ海峡での機雷掃海への自衛隊派遣については「日本の存立が脅かされる事態に至るはずがなく、従来の政府見解を明らかに逸脱している」と疑問を呈した。

 一方、宮崎元長官は、集団的自衛権について「本質は他国防衛で、恣意的、過剰な武力行使を招きかねない」とし、自国防衛に限って集団的自衛権の行使が可能とする政府の主張は「虚構であり、歴史を歪曲している。従来の政府見解とは相いれず、法案は憲法9条に違反しており、速やかに撤回されるべき」「憲法9条の下で認められないことは、我が国において確立した憲法解釈で、政府自身がこれを覆すのは法的安定性を自ら破壊するものだ」と厳しく批判した。また、1972年の政府見解の基本的論理は個別的自衛権への言及であり、1959年の最高裁砂川判決も「他国防衛たる集団的自衛権の話が入り込む余地はない」と述べ、集団的自衛権の行使容認の根拠に「どうして使えるのか」と疑問を呈した。

 

 

【戦後最長の会期延長に】

6月24日までの通常国会の会期を9月27日までの95日間延長することを、22日の衆議院本会議で与党や次世代の党などの賛成多数で議決した。

終盤国会の最重要焦点となっている安全保障関連法案の確実な成立を期すため、与党は、8月上旬まで会期を延長することを念頭に国会運営を行ってきた。戦後70年談話を発表する8月15日前に通常国会を閉会して野党の追及をかわすとともに、8月下旬から9月にかけて安倍総理らの外交日程や自民党総裁選に備えるシナリオを描いていた。しかし、衆議院での関連法案の審議に遅れが生じ、維新の党が予定していた23日の対案とりまとめを来週以降に先送りしたことなどもあって、7月上旬の衆議院通過が微妙な情勢となっている。

政府側は、8月お盆前まで延長して会期内に成立させるシナリオを模索していた。しかし、民主党など野党のさらなる抵抗による審議難航が予想されるとして、参議院自民党などが9月までの大幅延長を求めた。また、憲法59条規定にもとづき、参議院送付から60日経過しても関連法案が採決されない場合には衆議院本会議で3分の2以上の賛成により再可決する「60日ルール」の適用をめぐっても賛否が出ていた。

 

安倍総理は、参議院での十分な審議時間を確保する必要があるとして、戦後最長となる会期延長を判断するに至った。22日の衆議院本会議後、安倍総理は「最大の延長幅をとって徹底的に議論し、最終的に決めるときには決める。議会制民主主義の王道を進んでいくべきだと判断した。丁寧な説明を心掛けながら、成立をめざしたい」と、通常国会中の関連法案成立に決意を改めて示した。

安全保障関連法案を成立させるための大幅延長に、野党各党は「安保法制はまだ議論の入り口だ。国会を閉じて、もう一度仕切り直しをすべきだ。延長自体が非常識」(民主党の枝野幹事長)、「非常識な長さの延長だ。60日ルールを適用するだけの幅を入れており、議会に対して失礼な話」(維新の党の松野代表)などと反発し、党首会談で反対方針を確認した。ただ、衆議院本会議で採決にあたっての野党の対応は分かれた。民主党・社民党・生活党が与党への抗議意思を示すため、22日の衆議院本会議を欠席したのに対し、維新の党と共産党は本会議に出席して反対票を投じた。

 

 

【国会運営や与野党対決法案をめぐる攻防に注意を】

労働者派遣法改正案が衆議院を通過したことで、衆議院での重要焦点は「安全保障関連法案」や「労働基準法等の一部を改正する法律案」などに絞られることとなった。

野党が安全保障関連法案を成立させるための大幅延長に反発を強めているなか、与党は、維新の党との修正協議を国会正常化のきっかけにしたい考えだ。ただ、維新の党内では、与党との修正協議に前向きな意見がある一方、慎重論も根強くある。党内融和を優先する松野代表は「(政府提出法案の修正を前提とした)修正協議には応じない」とし、対案とりまとめ・国会提出の先送りを示唆している。このことから、修正協議がどのように展開するか見通せない状況にあるだけに、先行きに不透明感が増している。

与党が強引に進めれば、野党が他の委員会審議も含め拒否する可能性がある。安全保障関連法案はじめ与野党対決法案をめぐる与野党攻防、国会運営をめぐる駆け引きに、国会が大きく左右される状態がしばらく続きそうだ。