【安全保障法制が審議入りも、たびたび紛糾】

先週27日、衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会で、安倍総理や関係閣僚の出席の下、武力攻撃事態対処法や周辺事態法、自衛隊法など法律10本の改正案を束ねた一括法案「平和安全法制整備法案」と、国際社会の平和・安全の確保に資する他国軍の取り組みを後方支援するために自衛隊の海外派遣を随時可能にする「国際平和支援法」の安全保障関連2法案の総括質疑を行い、実質審議入りした。その後、28日に安倍総理らが出席しての総括質疑、29日に関係閣僚が出席しての一般質疑が行われた。


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 特別委員会での審議では、序盤から与野党が衝突しており、波乱含みとなっている。27日に武器使用と武力行使の違いについて問い質した柿沢幹事長に対し、中谷防衛大臣兼安全保障法制担当大臣が「その違いが分からないなら議論ができない」と答弁したことに、「失礼な発言だ」などと維新の党が反発した。このことから、28日の特別委員会で、中谷大臣は「大変不適切だった。おわびする」と陳謝した。

 また、閣内不一致や過去の政府答弁の違いを浮き彫りにして論戦を有利に進めたい民主党は、自衛隊の運用などについて中谷大臣を繰り返し追及した。こうした中谷大臣への質問に安倍総理が率先して答弁に立ったが、野党側は、安倍総理らが質問に直接答えることが少ないうえ、答弁に時間をかけすぎだとして与党側に抗議した。

28日の特別委員会の冒頭、浜田委員長(自民党)は、「国民に分かりやすい簡潔な答弁をお願いする」と、政府側に要請した。安倍総理は、「国民に分かりやすく丁寧に答弁しているつもりだが、今後とも簡潔に答弁することの大切さに留意したい」と述べた。

 

 28日の特別委員会では、機雷掃海を実施することで日本がテロに狙われ、自衛隊にも死傷者が出るリスクが高まるのではないかと、3分間あまり質問していた民主党の辻元議員に、安倍総理が「早く質問しろよ」とヤジを飛ばした。民主党の抗議により、委員会審議が一時中断となった。安倍総理は「延々と自説を述べて私に質問をしないのは答弁をする機会を与えないということから、早く質問をしたらどうだと言った」と釈明したうえで、「言葉が少し強かったとすれば、おわび申し上げたい」と陳謝した。

しかし、民主党など野党は安倍総理の釈明に納得せず、改めて正式の謝罪を要求した。6月1日の特別委員会の冒頭、浜田委員長(自民党)が「議論が白熱するのは大変結構だが、出席大臣は法案を提出し審議をお願いしている立場に鑑み、不必要な発言は厳に慎むようお願いする」と政府側を注意したのを受け、安倍総理は「重ねておわび申し上げるとともに、ご指示を踏まえて真摯に対応して参ります」と改めて謝罪した。

 

さらに、29日の特別委員会で、現行の周辺事態法が定める周辺事態の適用範囲をめぐって、民主党の後藤議員が岸田外務大臣に対し、1998年の衆議院予算委員会で当時の外務省局長が、日本経済に大きな影響があっても軍事的な波及がない中東での紛争は周辺事態に該当しないと答弁した点を指摘して「現在もこの答弁は維持されているか」について度々質した。これに対し、岸田大臣は「政府委員(外務省局長)の答弁の後、政府見解を示した。その考え方は今日まで維持されている」「軍事的な観点が全くなく経済面での影響だけで重要影響事態になることは想定していない」などと明言を避け続けた。

岸田大臣の答弁は不服として民主党の委員たちが退席した。これに維新の党や共産党も同調し、7時間を予定していた審議が1時間程度で打ち切りとなった。与党は、理事協議で審議再開を野党側に申し入れたが、野党側は鹿児島・口永良部島での噴火が発生したことを理由に散会を提案した。特別委員会の再開直後に野党側が再び退出したことから、結局、散会となった。その後、与党は、野党側が審議正常化の条件としている岸田大臣の再答弁を受入れ、安倍総理らが出席する総括的集中質疑を6月1日に開催することが決まった。

 

民主党は、2日に開かれた特別委員会理事懇談会で、1998年の外務省北米局長の見解が維持されているかも含め、現行の周辺事態の定義に関する政府の統一見解を文書で示すよう要求したが、政府は「軍事的な観点をはじめとする種々の観点から見た概念」と提示するのみにとどまったことから、納得しなかった。また、与党が提案した3日や5日の委員会審議の開催、来週の参考人質疑についても、野党側が反対して折り合わなかった。

このことから浜田委員長は、職権で3日の特別委員会開催を決めた。与党は、丁寧な審議を印象付けることに腐心しつつも、通常国会の会期末(6月24日)までに衆議院での審議時間の目安80~90時間をクリアのうえ、衆議院を通過させることをめざしている。一方、対決姿勢を強める野党側は、委員長職権で特別委員会開催を決めたことに強く反発しており、3日の委員会審議にも応じない方針でいる。

 

 

【集団的自衛権の行使をめぐって】

 特別委員会での審議で、野党側は、集団的自衛権を行使する基準や、自衛隊による後方支援の活動範囲、自衛隊が負うリスクなどについて追及したが、政府側の答弁は公式の政府見解を繰り返したものが多く、質疑はなかなかかみあわない場面が多くみられた。

 

<専守防衛は維持されるのか>

憲法9条の下で日本の防衛態勢を規定し、先制攻撃を排除してきた安保政策の基本方針「専守防衛」について、野党側は今回の関連法案により「専守防衛の定義を変えたとはっきり言うべき」(民主党の長妻代表代行)、「専守防衛からずれてきている」(維新の党の松野代表)と批判した。これに対し、安倍総理は「今回の整備にあたり、専守防衛の考え方は全く変わりない。基本的論理は一切変更していない」「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険。これを防衛するのはまさに専守防衛だ」などと、武力行使の新3要件にもとづく集団的自衛権の限定的な行使であれば専守防衛を逸脱していないと反論した。

 

横畠内閣法制局長官は「誘導弾等の基地をたたく以外に攻撃を防ぐ方法がない場合、他国の領域における武力行動は許されないわけではない」と、個別的自衛権を発動して敵国のミサイル基地などを攻撃できるとする政府見解が武力行使の新3要件でもあてはまるとし、新3要件を満たせば、憲法上、敵基地攻撃など海外での集団的自衛権の行使は認められるとの見解を示した。

 日本と密接な関係にある国が先制攻撃を行った場合については、安倍総理が「外形的に他国が攻撃を受け、防御する場合は間違いなく集団的自衛権になる。それを個別的自衛権と言い張ることは、先制攻撃との批判すら浴びかねない。国際的に認められている集団的自衛権と定義するのは当然」と述べた。岸田外務大臣も「予防攻撃、先制攻撃は国際法上違法だ。集団的自衛権で支援することはあり得ない」と否定した。

 

<存立危機事態の認定基準>

集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」の認定基準については、法律上、地理的範囲が限定されないとしたうえで、「単なる経済的影響にとどまらず、国民の生死に関わる深刻、重大な影響が生じるかどうかで判断する。必ずしも死者が出ることを必要としない」「そのままでは日本が武力攻撃を受けた場合と同様の被害が及ぶのが明らかな状況」(中谷大臣)と、判断時点で被害がなくても、将来的に燃料が不足し、凍死者が出るなど人的・物的被害が出ることが確実視されれば、認定されうるとの認識を示した。

これに対し、野党側は、認定基準がこのまま曖昧だと、国内で実際の被害が出ていない段階でも集団的自衛権の行使が可能になりかねず、集団的自衛権の行使範囲が無限定となる恐れがあるとして批判を強めている。

 

他国領域で集団的自衛権を行使することができるかについて、安倍総理は「武装部隊を他国の領土、領海、領空へ派遣する海外派兵は、一般に自衛のための最小限度を超えるもので、憲法上許されない」と、原則として認められないと改めて説明した。

そのうえで、日本が輸入する原油の8割が通るシーレーン(海上交通路)上の中東・ホルムズ海峡における機雷除去は、他国領域での集団的自衛権行使ができる例外ケースにあたると説明した。安倍総理は、機雷除去のための自衛隊派遣について「実際のオペレーションは政策的な判断で、戦闘が行われていない時しか実施しないだろう」と、停戦合意前に実施する場合でも停戦に向けた話し合いを始めている場合になるのではないかとの見解を示した。

 

他国領域での集団的自衛権行使ができる例外ケースは、いまのところホルムズ海峡における機雷除去以外は念頭にないとしつつも、他国のミサイル発射を防ぐ敵基地攻撃や、他国領海上での邦人輸送中の米艦防護など複数の事例で、武力行使の新3要件を満たせば状況によって実施する場合もありうると説明した。ただ、南シナ海のシーレーンでの機雷掃海については、「安全保障上の対応は事細かに事前に設定し、柔軟性をすべて失うことは避けた方がいい」と前置きしたうえで、「様々な迂回路がある」ことを理由に現時点では想定しにくいと述べるにとどめた。

 

安倍総理は「新3要件から論理的、必然的に導かれるもので、私の意思や政策判断ではない」と、内閣によって見解・解釈が変わることはないと述べた。しかし、民主党など野党は、機雷除去を必要最小限の武力行使として認めれば、機雷除去のために敵国の船舶や基地への攻撃を加えることも必要最小限の武力行使として拡大解釈されかねず、安倍総理の想定を超えて例外ケースが増えていく恐れもありうると警戒を強めている。

 

 

【重要影響事態、リスクなども議論】

<重要影響事態の判断基準>

 日本の平和のため活動する米軍や友好国の部隊への後方支援を可能にする「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」(重要影響事態)について、安倍総理は(1)紛争当事者の意思や能力、(2)事態の発生場所や規模、(3)米軍など他国軍隊の活動内容、(4)日本に戦禍が及ぶ可能性、(5)国民に及ぶ被害の重要性などを判断基準に、事態の個別・具体的な状況、事態の規模・態様・推移などに即して総合的に勘案し、客観的・合理的に判断すると説明した。武力紛争が発生または差し迫っている場合、我が国に戦禍が及ぶ可能性や国民に及ぶ被害の重要性から判断するとした。

また岸田大臣は、「軍事的な観点がまったくなく、経済面のみの影響が存在することは想定していない」と答弁し、日本に与える影響が経済的なものにとどまる場合、重要影響事態にあたらないとの見解を示した。

 

中谷大臣は、周辺事態の事例として政府が1999年に示した政府見解(①日本周辺の地域において、武力紛争の発生が差し迫っている、②武力紛争が発生した、③停止したが秩序の回復・維持が達成されていない、④ある国で内乱・内戦が発生し国際的に拡大している、⑤ある国で大量の避難民が発生し日本への流入の可能性が高まっている、⑥ある国の行動が国連安全保障理事会で侵略行為などと決定されて安保理決議で経済制裁の対象となる)が「重要影響事態でもあてはまる」と説明した。

その後、安倍総理は「中東、インド洋などの地域で武力衝突が発生し、我が国に物資を運ぶ日本船舶に深刻な影響が及ぶ可能性があり、かつ米国などが対応のため活動している状況が生じれば重要影響事態に該当することはありえる」(6月1日の特別委員会での答弁)との考えを示した。そして、法律上は地理的制約がないものの、政策判断として慎重な検討が不可欠とも強調した。

 

 民主党など野党は、条文から「我が国周辺の地域」の文言が削除して事実上の地理的制約を撤廃されることにより、「適用範囲が無制限に広がりかねない」などと批判している。政府側が具体的な認定基準を示していないことから、野党側は、重要影響事態にあたる局面をより具体的に説明するよう求めている。

 

<自衛隊のリスク>

 自衛隊の海外派遣を判断する際の基準として、安倍総理は、(1)日本の主体的に判断すること、(2)自衛隊が能力・装備・経験にふさわしい役割を果たすこと、(3)前提として外交努力を尽くすことの3点を重視する方針を掲げた。そして、「法律をつくったとしても、やらなければいけないということではない。慎重な政策判断がある」とし、法案に盛り込まれていない判断基準を表明した。

 

自衛隊の後方支援の活動範囲が「非戦闘地域」から「現に戦闘が行われている場所」以外に拡大することで自衛隊員が標的となるリスクが増大すると、野党側は追及した。これに対し、安倍総理は「極小化する措置を規定しているが、リスクは残る」と説明したうえで、「法整備で国全体のリスクが下がる効果は非常に大きい」「日米同盟の強化は国民全体のリスクを低減させることにつながる」と、リスクは高まらないとの認識を改めて示した。

 また、運用面で安全確保に万全を期す観点から「現在、戦闘行為が行われていないというだけでなく、自衛隊が活動を行う期間に戦闘行為が発生しないと見込まれる場所を実施区域に指定する」と明言した。そして、戦闘行為が発生する恐れが浮上すれば、「部隊の責任者が判断して一時休止、退避するという判断は当然行わなければならない」「指揮官の正しい判断で、危険な状況になる前に柔軟に違う地域へ移すことができる」と、運用面で回避できると説明した。そして、安全確保のために必要な措置を定めるとともに、「情報や装備、教育、訓練、運用面での施策も十分に実施する」と強調した。中谷大臣も「大切なのは派遣決定後の運用」と述べ、適切な部隊運用でリスクを減らせるとしている。

 

政府は、法制面と運用面の取り組みを車の両輪と位置付け、自衛隊員の安全確保を図っていくとしている。ただ、これまで自衛隊のリスク懸念を追及してきた野党のみならず、与党議員からも「自衛隊の活動の範囲、内容は確かに増えていく。従ってリスクが増える可能性があるのは事実」(岩屋毅・自民党安全保障調査会副会長)と、リスクが高まる可能性を率直に認めるべきとの声も出ており、引き続き論点となりそうだ。 

 

<グレーゾーン事態への対応>

 武力攻撃に至らない「グレーゾーン事態」では、武装集団による離島への不法上陸、占拠や外国軍艦が日本領海に侵入したケースなどを想定して、迅速な自衛隊の治安出動や海上警備行動を発令するべく、電話による閣議決定や関係省庁間の連絡体制強化などで対処としている政府案に対し、民主党は新たな法整備が必要と主張した。民主党と維新の党は、政府があらかじめ指定した地域でグレーゾーン事態が発生すれば閣議決定がなくても治安出動などができることを柱とする「領域警備法案」を共同提出する方針でいる。

民主党の長島議員が「与野党で真剣に考えてもらえないか」と迫ったが、安倍総理は「警察力で対処できないとなれば直ちに自衛隊が対処することが一番大切だ。閣議決定が速やかにできれば問題ない」「あらかじめ自衛隊が海上保安庁に代わって警察権を持って併存する形では、軍対軍の衝突が直ちに起こる危険がある。速やかなスイッチが可能になることが大切」と反論した。

 

 

【与野党攻防の動向に注意を】

6月24日の通常国会会期末まで残り1か月を切った。「安全保障法制」「労働法制」「電力自由化」「農協改革」「女性活躍推進」などが同時進行で審議されており、重要法案が目白押しの状況にある。

 

労働者派遣法改正案をめぐっては、会期末までに成立させたい与党が、今週5日にも衆議院を通過させるタイミングを探っていた。一方、「生涯派遣で低賃金の労働者が増える」「派遣の固定化、不安定化につながる」などを理由に廃案をねらう民主党や共産党、社民党などは「審議が不十分」などを理由に、採決阻止の構えをみせている。

採決日程をめぐって与野党の綱引きが激しくなっているなか、6月2日、日本年金機構の個人情報流出問題が浮上した。民主党は「機構と厚生労働省の責任は極めて重大」「この問題の区切りがつくまで通常の法案審議はできない。政府を厳しくただす」(高木国対委員長)としており、維新の党や共産党など野党各党と連携して、政府を徹底追及する方針だ。衆議院厚生労働委員会で審議されている労働者派遣法改正案の審議を一時中断し、3日に個人情報流出問題をテーマにした集中審議を開催する。野党側からは「集中審議は1日では足りない」との声が上がっているほか、与党が改正案の強行採決に踏み切ったら安全保障関連法案の審議ストップも辞さないとしており、波乱含みの展開となっている。

 

全国農業協同組合中央会(JA全中)の中央会制度を廃止や地域農協の経営状態などを監査してきた監査・指導権限を撤廃し、法施行から3年半後にはJA全中を特別認可法人から一般社団法人に完全移行することなどを柱とする農業協同組合法等の一部を改正する等の法律案農協法等改正案をめぐっても、与野党の駆け引きが激しくなっている。与党は、6月上旬にも衆議院を通過させ、会期末までに成立させたいとしている。一方、安倍総理が主張するほどの大改革には値しないなどと批判する民主党は、独自の対案を提出して対決姿勢を強めている。

 また、法的分離による送配電部門などの中立性確保や小売料金の規制撤廃、電力・ガス・熱の取引の監視を行う電力・ガス取引監視等委員会の設置など柱に、エネルギー分野の一体的なシステム改革を実施するための「電気事業法等改正案」は、参議院で審議入りした。

 

重要法案それぞれの審議・採決日程をめぐり、与野党の攻防が激化している。また、安全保障法制の審議は波乱含みの展開で、日本年金機構の個人情報流出問題への追及も始まる。こうした動向が今後の国会運営や法案審議にどのような影響を及ぼすのかの見極めが大切だろう。