高橋洋一・株式会社政策工房 代表取締役会長】

 前回のコラムで「ピケティ本の解説を出します」(http://seisaku-koubou.blog.jp/archives/%E3%83%94%E3%82%B1%E3%83%86%E3%82%A3%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E3%82%92%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99.html )と書きながら、まだ書店に並んでいない。私のところには現物が既に届いているので、1週間以内で全国の書店に行き渡るだろう。アマゾンでは、予約中だ。
 



 この解説本は、できるだけ私の意見を述べないで、書いた。既にでている解説書が、解説といいながら、なぜかピケティ本の虎の威を借りて、個人の意見表明しているモノが多い。

 
 格差という言葉に、日本のへたれ左翼が飛びついたようだ。ピケティ氏の来日もあったので、そうした人たちは、アベノミクス批判をするので、ピケティ本を利用したようだ。しかし、ピケティ本を読めばわかるが、ピケティ自身はマルクス経済学者ではない。それに成長を否定するのでなく、インフレも許容し、なにしろデータで経済を語ろうとしている。こうした姿勢は、へたれ左翼と正反対の姿勢なので、そうした人々がピケティ本を利用しようとする意図は空振りだった

 
 また、アベノミクスの金融政策や消費増税スキップを批判しようとする人たちも、ピケティ本を利用したかっただろう。しかし、ピケティは、アベノミクスの金融政策を評価し、消費増税に反対姿勢を示して、そうした人たちの期待を裏切った。

  
 筆者のピケティ本の解説は、筆者の個人的意見を入れないようにしたが、出版者から少し書いてくれと言う要請もあり、本文ではなくコラムの形で書いている。その部分を紹介しよう。

 
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コラム ピケティが見た「日本の経済」
 
 図2-5で述べたように、ピケティは今後の世界のGDP成長率を1.5パーセントくらいと予測している。
しかし、日本だけで言えば、このままいくと1.5パーセントの予測よりずっと低くなると見るべきだろう。なぜなら、ここ二十数年間、日本のGDP成長率は、世界最低水準にあるからだ。

 図2-5でも示されているが、2012年の世界GDP成長率は3.5パーセントくらい。しかし日本は、2014年の時点で1パーセントにも満たない。

 勘違いしないでほしいのだが、どこか急速に成長している国が世界GDP成長率を引き上げているのではない。大半の先進国や新興国がこの水準で、日本だけが低いというのが実情である。

 そんな日本を、ピケティはどう見ているのだろうか。2014年12月22日の日本経済新聞に掲載されたインタビューでは、こんなふうに答えている。

 「安倍政権と日銀の物価上昇を起こそうという姿勢は正しい。2~4パーセントの物価上昇を恐れるべきではない。4月の消費増税はいい決断とはいえず、景気後退につながった」

 政府と日銀がインフレ目標を立て、それを断固としてやり遂げる意思と確実に達成できる手段を示すと、ると、人々のマインドがデフレからインフレ予想に変わり、実際にインフレになるという経済論理がある。信頼を得た中央銀行に従う方が合理的だからだ。

 こうしてデフレ脱却することは、GDP成長率を高める第一歩となるのだが、安倍政権は、第一二次政権発足直後に、この方式をとった。ピケティが言うように、惜しむらくは、その後、消費増税が実行され成されたことだが、最初の姿勢は正しかったのだ。

 格差を正すために、累進課税を強化するのもいいだろう。しかし、特に日本の場合は、まず、もっと景気を回復させ、世界最低水準のGDP成長率を上げることが前提急務なのである。さらに累進課税をやるにも、しっかりとした番号制度と歳入庁(社会保険料と税の一体徴収)という先進国では当たり前の税インフラを日本でも整備しないと、累進課税すらうまく出来なくなってしまう。日本ではまだやるべきことが多い。

 なお、ピケティ氏の見解を曲解して、アベノミクスの金融政策批判に使う人もいるので、要注意だ。
ピケティ本を読んでも、インフレ目標2%に関連したところはあるが、評価をしても否定的ではない。前述した日経新聞のピケティ氏へのインタビューでも、アベノミクスを評価している。

 なぜ、曲解するのか。それは、格差の是正策として、資産課税かインフレかを質問して、その答えをアベノミクスの金融政策批判として、「編集」するからだ。
確かに、ピケティ氏は、格差是正対策としては、インフレも効果があるとしながら、資産課税の方が優れていると考えている。しかし、それはマクロ経済政策としての金融政策を批判したものではない。

 アベノミクスの金融政策は、インフレ目標2%での量的緩和策だ。アメリカ、イギリス、カナダ、ユーロで採用されている国際標準だ。これが間違いなら、世界の先進国すべてが間違いになる。ピケティ氏のようなまともな経済学者なら、いうはずない。