【山本洋一・株式会社政策工房 客員研究員】


 先日、新聞の小さな記事が目にとまった。「自民、農山漁村体験後押し」という見出しのベタ記事で、自民党が子どもに就農体験させるための法律案を提出するというものだ。そんなこと、法律を作らなくてもできるはず。この記事には日本における議員立法の「現実」が表れている。

 

以下、引用

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825日付日本経済新聞

自民、農山漁村体験後押し 臨時国会で法案提出へ

 自民党は小中学生を対象に、地域の農山漁村での体験教育を後押しする法案を秋の臨時国会に提出する。子どもが地方で体験学習できる機会を増やすため、政府に推進会議を設置し、地方自治体の受け入れ体制を整備しやすくする。人口減少が進む地方と都市部の子どもの交流を増やす狙いがある。

 名称は子ども滞在型農山漁村体験教育推進法案で、議員提出法案とする。小中学生に約1週間地方に滞在してもらい、農業体験や、地方の文化に触れる授業をするよう自治体に促す。政府には文部科学相や農相を中心に基本計画をまとめるよう義務付ける。地方が宿泊施設や人材を確保するため予算を充てることも盛り込んだ。

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 日本の法律案の多くは政府、つまり各省庁が作る「内閣提出法案」(閣法)である。今年の通常国会では閣法が前国会からの継続案件も含めて81本提出され、そのうち79本が成立した。一方、国会議員が提出する議員立法は75本が提出され、そのうち21本しか成立していない。

 
 議員立法の成立率が低いのは、野党提出法案を多く含むからである。例えば共産党などが今国会に提出した「秘密保護法廃止法案」などは、提出者すらはじめから成立すると思って出していない。野党が自分たちの政策をアピールするために提出しただけのものである。

 
 しかし、与党が議員立法で提出する法案の中にも冒頭に挙げた「農山漁村体験後押し法案」のように、首をかしげたくなるようなものが数多くある。最近の国会で成立した議員提出法案を分析すると、おおむね次の3パターンに集約される。

 

  政治マター

・改正国民投票法

 憲法改正に向けた国民投票の「3つの宿題」の一部を解決

・改正公職選挙法 

 インターネットを使った選挙運動を解禁

・国会議員歳費・期末手当臨時特例法

 財政難と震災復興のため国会議員の給与とボーナスを一部カット

 

 一つ目は政治マター、つまり政治に関する問題を解決するための法案である。例えば昨年の通常国会ではネット選挙を解禁するための改正公選法が成立したが、これこそ政治マターの典型例。政府、つまり役人が選挙のあり方を決めたり、国会議員の給料を決めたりできないため、議員立法によって法律を作ったり、改正したりするのがこのパターンである。

 

  政府では取り組みにくいもの

・改正国民の祝日法

 2016年から811日を「山の日」として祝日に

・改正児童ポルノ禁止法

 児童ポルノ作品の単純所持を罰則化

・改正スポーツ振興投票実施法

 スポーツ振興くじ(toto)の対象を海外のサッカーに拡大

 

 二つ目は先ほどのパターンにも似ているが、政府が取り組むのにはふさわしくない案件である。例えばどこかの役所が特定の休日を作ったり、公営ギャンブルの一種とも言えるtotoの対象を拡大したりするのはふさわしくない。カジノ解禁に向けた統合型リゾート法案(IR法案)が議員立法で提出されたのも同じ理由だ。

 
 児童ポルノ禁止法のように国民の間で議論の分かれる問題について、政治家の力を借りて改正するというのもこのパターン。ほかにも他省庁にまたがる政策課題だったり、省庁間で意見が対立していたりする案件を推進するため、議員立法という形を使って法改正を進めることもある。

 

  政党・政治家のアピール

・養豚農業振興法

  養豚農業の振興を図るため、農林水産大臣による基本方針の策定について定め、豚肉の生産の促進及び消費の拡大等の措置を講じる

・子どもの貧困対策推進法

 子どもの貧困対策の基本理念や国等の責務を定め、対策を総合的に推進

・国土強靭化基本法

 強靭な国づくりを総合的かつ計画的に推進するため基本理念や国等の責務、基本方針、本部の設置等について定める

 

 三つめが冒頭で挙げた「農山漁村体験後押し法案」のパターンだが、政党や政治家が「この問題に取り組んでいる」とアピールするために法律を作るものである。例えば前回取り上げた「国土強靭化計画」を巡り、自民党は政権奪還後に議員立法で法律を提出し、成立させた。

 
 中身には具体的なことが書いてあるわけではない。政府がこの問題にしっかり取り組むよう、基本方針の策定や本部の設置等を促しているだけである。しかし、政府・役人は「法律に弱い」。実際に政府はこの法律を踏まえて内閣官房に国土強靭化推進本部を作り、実績作りを急いでいる。

 
 今年の通常国会で成立した法律の中には「養豚農業推進法」や「花き振興法」というものもあるが、これも典型的な政治家のアピール法案だ。これらはパターン化されており、いずれも政府に基本計画の策定を義務付け、業界の振興策を推進するよう促すのが特徴である。

 
 特定の業界を後押しする法律の裏には業界団体の存在がある。法案作成の中心を担うのはこうした業界から支援を受けている議員。典型的な「しがらみ法案」である。各種の業界団体は政治献金や選挙応援を通じて「子飼い議員」を作っておき、こうした法律の作成時に利用するのである。

 

 
 成立した議員立法の一覧を見ていると、三つ目のパターンが際立って多いのが日本の議員立法の問題点だ。米国のように、重要な政策課題ほど議員が中心となって法整備に取り組むというのとは雲泥の差がある。背景には国会議員の能力の差だけでなく、スタッフ力の違いもある。

 
 日本の公設秘書は3人。私設秘書を雇うこともできるが、よほどの余裕がない限り、票にならない立法活動に人手は割かない。国会に隣接する議員会館に置く秘書の数は多くても5人ほど。政党の政策担当スタッフも少なく、この体制で十分な立法活動などできるはずがない。

 
 米国の下院では常勤18人、非常勤4人まで秘書を雇うことができ、実際に平均で17人ほどの秘書を抱えている。上院には上限がなく、議員あたりの平均は43人超。あまりにも差が大きい。

 
 議員を一人減らせば数十人分のスタッフの人件費が捻出できる。議員定数の削減とスタッフの拡充に同時に取り組まなければ、法律の質の向上は見込めない。